<書評>『母は死ねない』河合香織 著
[レビュアー] 東えりか(書評家・HONZ副代表)
◆「子のために」という重荷
昨年、イスラエルの社会学者が著した『母親になって後悔してる』がメディアで大きく取り上げられた。母親という呪縛に囚(とら)われた世間へ一石を投じた一冊だ。
本書は、多くの日本人が持つステレオタイプの「母親」のイメージに苦しめられる様々(さまざま)な女性たちを取材したルポルタージュだ。血を吐くがごとく語る彼女たちの経験を、自分がさらに傷つきながら河合さんは受け止める。その覚悟の理由は、自分も彼女たちと同じ思いをしたからだ。出産直後の感染症で生死の境を彷徨(さまよ)った河合さんの心に最後に浮かんだのは「母は死ねない」という言葉だった。
多くの母や子が登場するなか、最も印象深かったのはキャンプ場で行方不明になった娘を捜す母親だ。後に遺骨らしきものが見つかった後も、話を聞きに行っている。亡くなった娘を愛する気持ちが変わることはないが、その先を見据えた偽らぬ気持ちを聞き出した。
本書は母である人、母になる人、母だった人、母ではない人、全女性に呼び掛ける。「心配ない、あなたは普通なのだ」と。
(筑摩書房・1650円)
1974年生まれ。ノンフィクション作家。
◆もう1冊
『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』河合香織著(文春文庫)