『思い出せない脳』
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「忘れる」がわかると「覚える」がはかどる
[レビュアー] 林操(コラムニスト)
物忘れの激化を自覚したのは何年くらい前のことだったか、それさえ思い出せないワタシやアナタに朗報です。中年以降の忘却力の加速は認知症と直結しないこと、危ない物忘れの見分け方、記憶(力)の劣化を遅らせたり防いだりする方法までがわかる。そんな新書に出くわしたので、忘れないうちにご紹介を。
インチキ臭い自称脳科学が跋扈するなか、『思い出せない脳』のベースは、解剖学、心理学、生物学、遺伝学その他いろいろが相互乗り入れする最新の脳科学の総合的な知見。著者の澤田誠は神経化学の研究者で、記憶のメカニズムから説き起こしてくれるから、脳で何がどう働いた結果が忘却なのか、その忘却にどう対処すればいいのかがよくわかる。大酒を呑んだ夜のことを綺麗に忘れ、でも、当の夜は普通に振る舞っていたらしいという謎の成立する仕組みを教えられ、ワタシは心底安堵しました。
……などと書いていた早朝、脳腫瘍の闘病を手伝ってきた友達が亡くなった。現役の金融マンで、あまたの取引先の財務から経営者の人となりまでが頭に詰まっていて、それをすぐ表に引き出せる“人間グーグル”だったのが、病とともに記憶の混乱が進み、最期は身内の顔さえ忘れがちだった。
そういう彼の変化の一々についても、あらためて深く理解できてしまうのがまた、この本の凄さ。上梓が1年早ければ、勧めて読んでもらい、記憶と忘却を肴にもう一献、傾けておけたのになぁと、つくづく。