『眠りつづける少女たち 脳神経科医は〈謎の病〉を調査する旅に出た (原題)THE SLEEPING BEAUTIES』スザンヌ・オサリバン著(紀伊国屋書店)

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『眠りつづける少女たち 脳神経科医は〈謎の病〉を調査する旅に出た (原題)THE SLEEPING BEAUTIES』スザンヌ・オサリバン著(紀伊国屋書店)

[レビュアー] 小川哲(作家)

奇妙な心の病 世界で追う

 2017年、スウェーデンに住む女の子が、謎の病によって生気のない無反応状態に陥っている、という記事が出た。彼女は動くことも、食べることもなく、ただ目を瞑(つむ)ってベッドに横たわっている。スウェーデンには、そのような子どもの症例が169人も報告されていた。

 本書の著者であるスザンヌ・オサリバンは、心因性疾患の研究をしている神経科医だ。彼女は医師として、子どもたちの間で広がる「眠り病」の診察をする。「眠り病」の厄介な点は、どれだけ検査をしても脳波に異常が見られないこと。そして、どういうわけか患者がスウェーデンに住む子どもたちだけに限定されていること。もっと言うと、難民としてスウェーデンにやってきた子どもたち――とりわけ中東からやってきた子どもたちに限って発症する病なのだ。いったいなぜ、地域的に、そして文化的に限定された子どもたちだけが、この病気に罹患(りかん)するのだろうか。

 ニカラグアの若者に広がる幻覚や憑依(ひょうい)を伴うグリシシクニス、カザフスタンの鉱山町で発生した眠り病、キューバ在住の外交官が罹(かか)ったハバナ症候群、コロンビアの少女たちに広がった集団ヒステリー、アメリカの女子高生が陥ったけいれん――本書は、一見すると「病」なのかも判断することができない数々の「謎の病」の原因がどこにあるのかを探る。

 たとえば私たちは普段、何も考えずに呼吸をしている。しかし、ひとたび自分の「呼吸の仕方」に注意を向けると、それまで自然に行っていた呼吸を同じように繰り返すことが難しくなってしまう。人間の身体は複雑にできていて、病気の原因は私たちの常識で一般化、単純化できるものばかりではない。

 本書を読めば、病気というものの難しさがよくわかる。集団の文化、患者本人の願望などが、実際に症状となって心身の不調に繋(つな)がることもある。本書は「病気」というものに対する思い込みを解きほぐしてくれるノンフィクションであり、「謎の病」の正体を追っていく良質な医学ミステリーでもある。高橋洋訳。

読売新聞
2023年6月9日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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