苦しい時は孤立せず誰かと手をつなげ、と囁く感動作

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かっかどるどるどぅ

『かっかどるどるどぅ』

著者
若竹 千佐子 [著]
出版社
河出書房新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784309030791
発売日
2023/05/25
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

苦しい時は孤立せず誰かと手をつなげ、と囁く感動作

[レビュアー] 中江有里(女優・作家)

 一日中、誰とも話さない日がある。

 実は他人と話さないだけで、自分の中では言葉が渦巻いている、と気づいた。

 映画化もされたデビュー作『おらおらでひとりいぐも』に次ぐ第二作は、ひとりではなく、みんなの物語。

 本書の舞台は萬葉通り商店街。どこにでもありそうな、特徴のない街。

 登場人物はみな世間からはみ出して、行き場を失いかけている。

 女優を目指していた里見悦子は六十代半ば過ぎて、今も夢を抱いていた。パートナーを失い、アパートを追い出されそうになっていた。

 東北弁の長口上はお囃子に似て、リズムが心地よい。擦り切れた赤ガウンを羽織ってアパートの中でひとり芝居を打つ様は神楽みたいだ。

 他に夫を亡くし、舅姑の介護に追われて、失った自分を取り戻そうとする六八歳の平芳江。大学院を出たものの、就職氷河期に職を得られず、非正規雇用の職を転々とするアラフォーの田口理恵。そして不器用で、友達にも裏切られ文無し、自死を考える二十代の木村保。みな孤立し、誰にも助けを求められない。

 彼女、彼はある古いアパートの一階に暮らす片倉吉野のもとへ集結していく。

 いつからか「自己責任」という言葉が使われるようになった。ここに登場する人は「自己責任」の結果と言われるかもしれない。

「自己責任」の定義をあらためて確かめる。自ら選択した人生の利益もリスクもその人の責任。登場人物たちは自分の人生に対する責任感が強いのだ。

 しかし世間の大波に呑まれた時、責任感なんて関係ない。彼らは差し伸べられた手を思わず掴んでしまった。差し出した手の主、吉野も波に呑まれかけたことがあるのだろう。苦しい時は孤立せず誰かと手をつなぎ、波を越えていけばいい。

 自らを語ることで、自らを救うこともある。そう、自分は一人ではない。自己救済の一冊。

新潮社 週刊新潮
2023年6月29日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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