『塀の中のおばあさん 女性刑務所、刑罰とケアの狭間で』
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『塀の中のおばあさん 女性刑務所、刑罰とケアの狭間で』猪熊律子著(角川新書)
[レビュアー] 堀川惠子(ノンフィクション作家)
困窮し再犯 失政のツケ
部屋の扉にかかる札には、調理の具合を示す「軟」や「副食きざみ」の指示。着替え、食事、車椅子の介助そしてオムツ交換もひんぱんだ。病院の風景ではない。女性刑務所だ。新規の受刑者は減っているのに、女性の割合は増加中。ことに65歳以上の高齢女性の割合は30余年で10倍に増えた。記者自ら刑務所にも泊まりこみ、長期取材で原因を探った。
刑務所といえば残酷な事件を想像する。しかし高齢者の犯罪の大半は「窃盗」。万引きが85%、被害額の7割は3千円未満だ。高齢女性の万引きの動機の8割は「節約」。心の病を患う人も目立ち、犯行を繰り返す。女性の88%は再犯時に無職で「負の回転扉」にはまる。刑務官の苦悩も深い。親身に指導しても再犯ばかり。何にやりがいを見出(みいだ)せばいいのか。
日本の女性はパートなど非正規労働が多く、調整弁として使われる。出産や育児で就業の継続も難しく、男女の賃金格差は依然大きい。家庭内暴力では被害者になりがちだ。夫を失った後は低年金で人生は長く、孤立もしやすい。今や貧困者の5人に1人は高齢女性。塀の中に転がり落ちる潜在的リスクは男性よりも高い。
必要なのは「刑罰」か「ケア」か。ハローワークの職員が駐在する笠松刑務所、介護・美容・情報処理など職業訓練が活発な栃木刑務所、農作業を通して依存回復の支援を試みる札幌刑務支所に密着。受刑者は工場で黙って作業する日々から「頭を使う」環境に身を置き、将来を考えるようになったと語る。治療や教育といった試みは刑務所の新たな可能性を示している。
日本社会の根強い性差別、福祉や社会保障の貧困。自己責任ばかりが強調されがちな風潮の中で、著者は社会政策の失敗の後始末が「塀の中」に押しつけられている側面まで描きだす。「女性活躍」とは、ひと握りのエリート女性を増やすことではない。「塀の外」こそ変わらねばならない。