『世界でいちばん透きとおった物語』
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『世界でいちばん透きとおった物語』杉井光著(新潮文庫nex)
[レビュアー] 川添愛(言語学者・作家)
父遺作探し 衝撃の秘密
秘密に気がついたとき、思わず「えっ、嘘(うそ)でしょ?」と呟(つぶや)いてしまった。まさかそんなはずはないだろう、と思ってもう一度確認した。間違いなかった。直後、背中にゾゾゾーッと鳥肌が立った。ミステリを読んで、ここまで衝撃を受けるのは久しぶりだ。
主人公の燈真(とうま)は、二年前に母を亡くした孤独な青年だ。父親は著名なミステリ作家だが、他に妻子があり、燈真の母親とは不倫の関係にあった。燈真は父に会ったことがなく、認知すらされていない。そんな父が闘病の末に亡くなり、燈真は父の遺作『世界でいちばん透きとおった物語』を探すことになる。
ネタバレ厳禁なので、くわしいことは書けない。ここからは、私がこの小説に触れて漠然と考えたことを書くのでご了承いただきたい。
小説が言葉の芸術であることは間違いない。言葉なしに小説は成立しない。紙の本としての小説は物体でもあるが、私たちが第一に求めるのはそこに書かれた言葉だ。だからこそ、言葉だけを抜き出して電子化することもできる。私も電子書籍を買うときは、「中に書いてある言葉だけあればいいや」と思って買っている。
しかし最近、ふと思った。もしかしたら私は、人間に対しても「言葉だけあればいいや」と思っていないだろうか、と。実際、会ったこともない他人が発した言葉だけを読んで、まるでその人のことをすべて理解したかのように錯覚していることがある。でも、言葉の中にその人のすべてが詰まっているわけはない。どんなに巧みに言葉を操る人であっても、言葉では伝えられない何かを持っているはずなのだ。
言葉にならない思いを表現できるのも人間ならば、読み取れるのも人間だ。そして、そのやりとりが成立したときに生じる絆は、言葉によるつながりよりもはるかに強い。さらさらと流れるように綴(つづ)られるこの物語からは、そんなメッセージが発せられているように感じられた。