『昭和怪談』
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旧き時代に、未知なる怖さ
[レビュアー] 嶺里俊介(作家)
早いものでデビューから七年、末広がりの八冊目になる。
「その時代でしか起こりえなかった恐怖を」
階段を上るように、怖い話を十年ごとに綴っている。
存外道のりは長く、二年半を費やす作品となった。ボツ原稿やプロットが積まれて山となり、各話が出揃っても「中ではこの話が弱い。底上げのためにゼロベースで書き直し」。
永遠に終わらないのではと、めまいがした。
同時に自分のキャパシティーを自覚することになった。舞台や登場人物を違えた異なる話を同時進行する場合、私には五作が限界らしい。本当におかしくなりかけた。
頭が作品世界の年代に入り、『中央区日本橋』の文字を目にしたら『東京市日本橋区』の誤植ではと唸り、「車に気をつけて」と耳にすれば馬車だと思う。昭和初期、上野界隈の地図では『馬蹄屋(ばていや)』が最も多い。取材を経て当時は『車』と言えば『馬車』だと知った次第である。
取材旅行中、盛岡から一ノ関へ向かう東北本線での話。
長座席が向かい合う車内で、股に挟んだキャリーバッグにポメラを置いてキーを叩く。眼鏡が曇るので、マスクを外して片耳から垂らす。『最後の紙芝居』を書き進めていたら作品世界に入り込んで涙が止まらなくなった。正面に座る制服姿の女子学生たちがこちらを見ながら囁(ささや)き合っているが、他人の目など気にしていられない。
いつの間にか嗚咽(おえつ)を漏らしていた。頬から涙がぼたぼたと落ちる。股間とキャリーバッグの隙間に覗く床には小さな水溜まりができている。
やがて駅に着いた。一つ置いて隣に座っていた六十代くらいの男性が、開いたドアに向かいつつ私の肩を叩く。
「生きていれば、きっと吉(よ)いこともありますよ」
きょとんとしながら、私は彼の背中を見送った。
……いや、遺書を書いていたわけではないんです。決して。