文芸評論家が厳選 身の毛もよだつ恐怖を体験するホラー作品とドハマりするエンタメ小説

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  • 一寸先の闇 澤村伊智怪談掌編集
  • 夜獣使い
  • 昭和怪談
  • パスファインダー・カイト
  • すべてはエマのために

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エンタメ書評

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

文芸評論家の細谷正充が身も心も涼しくなるホラー作品から酷暑の時期にオススメするエンタメ小説を紹介。

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 本誌が書店に出回るのは、夏真っ盛りの頃である。そして夏は怪談の季節だ。ということで、まずホラー作品を三冊紹介しよう。

 澤村伊智の『一寸先の闇 澤村伊智怪談掌編集』(宝島社)は、ホラー・ショートショート集だ。収録作が多いので、気に入った作品を幾つか取り上げたい。

 小学校から保護者に通知されたプリントで物語を形成した「保護者各位」は、テクニカルな手法に感心した。「内見」は、恐怖の焦点をミスリードする語り口がいい。「満員電車」は、満員電車内で起きた“ちょっといい話”が、どんどん不条理な方向に進んでいく。また短篇の長さのある「さきのばし」は、何事も先延ばしにする人間とかかわってしまった女性が、おそるべき事実と直面する。途中のギャグのような展開から、こんなオチにたどり着くとは思わなかった。他にも、「通夜の帰り」「残された日記」など、恐怖と共に切なさを感じさせる作品もある。多彩な恐怖を味わってほしい。

 綾里けいしの『夜獣使い 黒き鏡』(ハヤカワ文庫JA)は、幻想と恐怖が満ち溢れた連作短篇集。中学を卒業したばかりの冬乃ひなげしの、母親が失踪した。どうやら母親は、黒いもやもやした存在と、戦い続けていたらしい。母親の残した言葉に従い、『黒屋敷』に赴いたひなげしは、怪異専門の探偵だという鏡見夜狐と会い、助手となる。以後、さまざまな事件を解決するふたりだが、その裏には夜狐と敵対する“白い女”がいたのだった。

 本書は“ゴーストハンター物”である。ただし、ミステリー・テイストが強い。冷蔵庫の中にいる赤ちゃんと暮らしている依頼人の真実を暴く「胎児よ、胎児よ」、高校の自殺事件に隠された悪意が露わになる「みっつの首」など、夜狐の名探偵ぶりが楽しめた。怪異や、人の歪んだ心を「どっせい!」の掛け声と共に張り倒す、ひなげしのキャラクターも愉快である。

 とはいえ物語の本質は、やはりホラーだ。そもそも、『夜獣』と呼んでいる何かを使っている夜狐は人間ではない。言動もダークなものが多い。独特の空気の流れるホラーなのだ。……と思いながら読んでいたら、最後で大仕掛けが炸裂。油断のならない作品である。

 嶺里俊介の『昭和怪談』は、昭和零年代から六十年代を舞台にした、ホラー短篇集だ。扱われている題材は、終身雇用制・救急車・復員兵・紙芝居・公害・テレビ番組・バブル景気の七つ。ホラーといっても内容はバラエティに富んでいる。「雨の救急車」はミステリー、「最後の紙芝居」はノスタルジー、「ちいら」は怪獣、「村まつり」は伝奇といった塩梅だ。もちろん「古時計」のような、正統派のホラーもある。

 さらに妖衆の博奕に参加し、失われた身体を取り戻そうとする復員兵たちの顛末を描いた「愛しき我が家へ」は、ギャンブル小説というべきか。参加者を底なし沼へ引きずり込む丁半博奕のシステムが、えげつないほどよく考えられている。そのシステムがあったからこその、最後のオチが恐い。昭和の各時代で繰り広げられる、ダークなドラマなのである。

 ここからホラー以外の作品に目を転じよう。斉藤詠一の『パスファインダー・カイト』(ハルキ文庫)は、自然保護NGO「月読記念財団」に中途採用された速水櫂人を主人公にしたミステリーだ。冒頭の描写から察しがつくが、櫂人は前職により、さまざまな能力を獲得している。櫂人を財団に引っ張った専務理事の氷室武彦も、彼の能力を買い、特別な仕事を任せようとしている。自然保護部普及課に所属し、先輩の浅羽澪から仕事を教わりながら、職場に馴染んでいく櫂人。しかし武彦から、瑞光物産の自然観察会を、澪と一緒に担当するようにいわれる。どうやら主催場所となる丹沢の、瑞光物産の私有林に秘密があるようだ。はっきりしたことが分からないまま櫂人は、瑞光物産を調べ始める。

 瑞光物産と私有林だけでなく、財団にもいろいろな秘密と思惑が渦巻いている。徒手空拳の櫂人が、じりじりと真相に迫っていく過程が読ませる。また、自然保護団体に勤務経験のある作者だけに、自然観察会の描写がリアルであり、強く興味を惹かれた。

 そしてラストで、「月読記念財団」の目的が明らかになるのだが、実に驚くべきものである。おそらくシリーズ化を考えているのだろうが、これにより物語がどう発展していくのか、分からなくなってしまったではないか。ミステリーがベースだろうが、伝奇や冒険、もしかしたらSFまで盛り込まれるのか。先が読めないからこそ、続きが気になってならないのである。

 月原渉の『すべてはエマのために』(新潮文庫nex)は、ルーマニアを舞台にした時代ミステリーだ。第一次世界大戦中、首都のブカレストにいたリサとエマの姉妹は、ドイツ軍の侵攻から逃れようと入った地下下水道で、傷ついたルーマニア兵と遭遇。その兵隊はリサをネネという女性と誤解し、指輪を渡してきた。

 そしてルーマニアが降伏してから二年。看護婦になったリサは、自分そっくりな顔をしたネネ・ロイーダに雇われ、一家が暮らす北マラムレシュにある邸宅へ向かう。その途中で出会ったのが、やはりネネに雇われた医者の、シズカ・ロマーノヴナ・ツユリであった。

 ……えっ、この作品、「使用人探偵シズカ」シリーズだったのか。もっとも本書のシズカは、使用人ではなく医者だが、シリーズのファンとしては、再会できて大喜びである。しかもロイーダ邸で起きる事件が奇々怪々。密室でロイーダ家の当主が鉄仮面をかぶった死体となって発見されたのを皮切りに、一家の者が次々に死んでいく。相変わらずの名探偵ぶりを発揮するシズカが暴いた真相は、時代と場所を踏まえた逆説的犯罪というべきか。タイトルになっているエマの使い方も巧みであり、ミステリーのサプライズを堪能できた。

 小田雅久仁の『禍』(新潮社)は、第四十三回吉川英治文学新人賞と第四十三回日本SF大賞を『残月記』でダブル受賞した作者の最新刊だ。収録されているのは短篇七作。冒頭の「食書」は、いきなり便所と便器の話で始まり、これは何だと困惑する。だが、公衆便所の洋式便器の蓋が閉まっていると、何が出てくるか分からず、嫌ァな感じがするといった一文を読んで、激しく頷いてしまった。私も同じ状況だったら、蓋を上げるのを、ちょっと躊躇してしまうからだ。その気持ちを作者は、明確な文章で表現している。心の中にあるモヤモヤしたものを、的確に言語化してくれるのは、優れた小説の証拠である。

 それはそれとして内容に戻ろう。ショッピングモールの多目的トイレに入ろうとした小説家の主人公は、便器に腰かけ本のページを破りとって咀嚼している女性と遭遇。衝撃的な光景と女性の言葉が忘れられず、処分しようとした本のページを咀嚼すると、なぜか小説の登場人物になるのだった。現実と小説の世界を往還しながら、異常な事態に侵食されていく、書けなくなった小説家の運命に戦慄する。他の六篇も、「喪色記」にある“世界が徐々に冒されてゆくのを見とどける日々が始まった”という文章が当てはまる物語ばかりだ。しかもストーリー展開は、どれも読者の予想を超越した不可思議なもの。この世界を変容させる、作者のイマジネーションに酔いたい。

 ただのぎょー(これがペンネームである)の『追放された公爵令嬢、ヴィルヘルミーナが幸せになるまで。』上下巻(アース・スターエンターテイメント)は、インターネットの小説投稿サイト「小説家になろう」に掲載した作品を商業出版したものだ。いわゆる“悪役令嬢物”である。

 ヴィルヘルミーナ・ウッラ・ペリクネンは、王国の公爵令嬢にして、エリアス王太子殿下の許嫁である。だが、彼女を疎むエリアスから冤罪を被せられ、婚約破棄されてしまう。さらに身分を剥奪され、研究所勤務の平民アレクシと、無理やり結婚させられる。しかし魔石の研究をしているアレクシは天才であった。またヴィルヘルミーナも聡明で、魔力量が大きい。アレクシの新発明で生み出された魔石で商売を始めたヴィルヘルミーナは、自分を貶めた者たちに“ざまあ”をすると同時に、世界を変革していくのだった。

「悪役令嬢」「婚約破棄」「ざまあ」と、すでに手垢の付いた要素が取り揃えられているが、最初から最後まで面白く読める。ストーリー、エピソード、キャラクターがしっかり考えられているからだ。凄い発明を世の中に受け入れてもらう過程が、一歩一歩積み重ねるように丁寧に書いてあるので、読んでいて納得できる。この手の物語のツボを押さえながら、独自の悪役令嬢物に仕立てた、作者の才能を称揚したい。

 最後に小説ではないが、飯城勇三の『密室ミステリガイド』(星海社新書)を取り上げよう。タイトルそのまま、密室を題材にしたミステリーのガイドブックである。海外二十作、日本三十作が紹介されている。ユニークなのは紹介を、問題篇と解決篇に分けていることだ。そして問題篇は見取り図入りだがネタバレなし、解決篇でネタバレ全開になるのだ。ミステリーのガイドでは、すこぶる有効な方法といえよう。

 さらにセレクトされた作品は、長篇だけでなく短篇もある。しかも、ジェイムズ・ヤッフェの「皇帝のキノコの秘密」、天城一の「明日のための犯罪」、泡坂妻夫の「凶漢消失」など、著者の目利きぶりがよく分かる作品が選ばれている。ミステリー初心者は読書案内として、マニアは作品を読んだときの興奮を追体験するツールとして、手元に置いておきたい一冊なのである。

角川春樹事務所 ランティエ
2023年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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