自分の家族のもっと深いところ 心細いところに手を伸ばす

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いなくなっていない父

『いなくなっていない父』

著者
金川晋吾 [著]
出版社
晶文社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784794973542
発売日
2023/04/25
価格
1,870円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

自分の家族のもっと深いところ 心細いところに手を伸ばす

[レビュアー] 渡邊十絲子(詩人)

 自分の家族を描くのは難しい。家族はお互いを充分知っているようで、実は自分の中の思い込みを見ているに過ぎないことがよくあり、かえって実像に接近しにくい。また、家族がつくる表現物の題材になるのは居心地の悪いことで、互いの関係が良好ではなくなる可能性も出てくる。しかしこの本は、目に見える人間関係よりももっと深いところに手を伸ばしている。描かれている父も描いている息子(著者)も、理解や共感からのがれて独立を守ろうとする炎を心の中で燃やしている感じがする。だからといって対立や争いなどはない。写真と文章、それぞれに静かである。

 著者は写真家で、父を撮影し続けている。自宅でくつろぐ姿のこともあるし、ときには自殺の場面を演出して撮るようなこともする。カメラを渡して自撮りも続けてもらっている。なぜこのように父の撮影に取り組むのか。著者は以前、「失踪を繰り返す人」として父を描いた。確かに父はときどきふらっと行方をくらまし、また戻ってくる人だったが、近年、失踪はしていない。だから著者は「失踪する父」というレッテルを貼ってしまったような落ちつかない気持ちになり、父親像の更新をあらたな自分のテーマにしたのだ。表現者として非常に鋭く繊細な人だと思う。

 あのころ、父は何を考えて、どんな気持ちで失踪していたのだろうか。失踪の受け止め方も、配偶者である母と息子である著者のあいだには食い違いがあったようだ。そして当人である父からも、はっきりした説明はない。みんな、自分が立っている位置から見えるぼんやりとした像を頼りに、心細い場所にいる。著者はその心細さを悪いものとして描いてはいない。世の中は「まだ理解できていないもの」「たぶんこれからも充分な理解はできないもの」でいっぱいだ。理解できなくても、手を伸ばす。表現とはそういうものだ。

新潮社 週刊新潮
2023年7月13日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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