『現代の皮膚感覚をさぐる 言葉、表象、身体』平芳幸浩著(春風社)

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現代の皮膚感覚をさぐる

『現代の皮膚感覚をさぐる』

著者
平芳幸浩 [編集]
出版社
春風社
ジャンル
芸術・生活/芸術総記
ISBN
9784861108495
発売日
2023/03/31
価格
4,070円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『現代の皮膚感覚をさぐる 言葉、表象、身体』平芳幸浩著(春風社)

[レビュアー] 郷原佳以(仏文学者・東京大教授)

創作が生む刺激 8論考

 「身悶(みもだ)えし、体を掻(か)きむしっています。小説がなかなか軌道に乗らないのです」「ああ! 文学! 何という永遠の掻痒感(そうようかん)!」。本書の藤田尚志の論文に引用されているフローベールの言葉だ。本書を読んで、視覚芸術を含め、創造行為一般には根元のところでこのような「皮膚感覚」が関わっているのではないかと感じた。

 本書は、伝統的な西洋の美学において低級感覚とみなされてきた触覚に注目する、というありふれた構図を取らない。そうではなく、「触れる」という能動的な営みがなくても生じうる「皮膚感覚」にアプローチしようとしている。前述の藤田論文は、従来の触覚論を評価した上で、そこに「皮膚感覚」、とりわけ「かゆみ」の問題が欠けていることを指摘する。そして、哲学史において黙殺されてきた「かゆみ」に、言語学、文学、医学から接近してゆく。なるほど「かゆみ」ほど色々な意味で謎の多い感覚もない。

 とはいえ、本書の各所で参照されている谷川渥を筆頭に、「皮膚論」にはすでに日本にも蓄積がある。そのことを的確に認識し、1980―90年代に発表された岩明均の傑作漫画『寄生獣』を当時の皮膚論の隆盛および「プラスチック時代」のなかに位置付けてみせる太田純貴の論文にも目を開かされる。

 「現代の皮膚感覚」という主題の下に多様な研究者が集った本書で取り上げられる創造行為は、小説、音楽、ファッション、漫画、ヴィデオ・インスタレーション、建築、デジタルカメラによるスキャニング、等々と実に多岐にわたる。しかも、自他の境界である「皮膚」という主題にふさわしく、どの論考も美学や科学の多様な言説を取り込んで領域横断的な議論を展開しており、読むほどに表層への感覚が研ぎ澄まされるようである。皮膚感覚を語ることの困難についても複数の論文で問題となっているが、編者以下8名の挑戦のおかげで、まさに「痒(かゆ)いところに手が届く」論集である。

読売新聞
2023年7月7日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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