61年間…「日本一長く服役した男」の取材記者を戸惑わせた「口癖」とは?

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日本一長く服役した男

『日本一長く服役した男』

著者
NHK取材班 杉本宙矢・木村隆太 [著]
出版社
イースト・プレス
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784781622163
発売日
2023/06/19
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

83歳で仮出所した無期懲役囚が可視化する刑罰と更生の現実、限界

[レビュアー] 篠原知存(ライター)

 4年前の秋、ある無期懲役囚が仮釈放された。服役期間は61年にも及び、入所時に21歳だった男Aはすっかり年老いていた。NHKがドキュメンタリー番組として放送した『日本一長く服役した男』の書籍化。単に映像をテキスト化したわけではない。番組作りの裏話、取材記として興味深く読ませてもらった。

〈残念なことに、「わからん」がAの口癖だ〉。記者が戸惑いや苦悩を赤裸々に明かしている。

 仮釈放されたAは、出所者を支援する受け入れ施設で生活を始める。高齢のため認知機能も低下している様子で、「刑務所化」と呼ばれる拘禁反応も著しかった。命令には従順だが、指示がないと動けない。「自由」の意味もわからない。刑務所に戻してほしい、と口にする。

 被害者に申し訳ないと思ったことがあるか、という質問にも「ちょっと今もう、わからんね」。

〈「更生」とはほど遠い現実がそこにあり、足下がガラガラと崩れていくようだった〉。Aが少しでも反省したり罪を悔いたりする素振りを見せてくれれば「更生の物語」として筋が通ったものになる。だけどそんなストーリーは絵空事。受け入れ施設の社長の「1パーセントでも伝わっていれば前進ですよ」という言葉も励ましにはならない。

〈番組なんて無理だ〉

 結局「わからん」という言葉を残し、出所から約1年後にAはこの世を去ってしまう。一方で、著者らは被害者や刑務官らへ真摯に取材を重ねることで、無期懲役という刑罰の疑問点、高齢受刑者の認知の問題など、さまざまな社会的課題を可視化していく。更生とは何か、という問いに答えが得られなくても、問い続けることは無意味ではない。

 取材班の一人は、番組が描いたのは「自分たちの“失敗”の物語だったのではないか」と振り返るが、本書でその苦闘を綴るという試みについては、成功だったのではないか。

新潮社 週刊新潮
2023年7月20日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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