『わたしは、不法移民 ヒスパニックのアメリカ (原題)The Undocumented Americans』カーラ・コルネホ・ヴィラヴィセンシオ著(慶応義塾大学出版会)

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わたしは、不法移民

『わたしは、不法移民』

著者
カーラ・コルネホ・ヴィラヴィセンシオ [著]/池田年穂 [訳]
出版社
慶應義塾大学出版会
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784766428964
発売日
2023/06/20
価格
2,640円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『わたしは、不法移民 ヒスパニックのアメリカ (原題)The Undocumented Americans』カーラ・コルネホ・ヴィラヴィセンシオ著(慶応義塾大学出版会)

[レビュアー] 森本あんり(神学者・東京女子大学長)

搾取・暴力 劣悪な暮らし

 著者は、四歳でエクアドルから不法入国して両親と共にニューヨークで育ち、ハーヴァード大学を卒業してイェール大学博士課程に学んだ。学生時代に「劣悪な生育環境からエリート大学へ進学した苦労をお涙ちょうだい式に語ってほしい」と言われて反発したが、トランプ大統領の登場で本書を書き始めることになる。

 だから描かれるのは必ずしも万人受けするパーフェクトな成功物語ではない。必死に勉強してよい成績を取り、高給を取る専門職について両親に孝行する、というステロタイプ的な模範移民とは違う、ありのままの個々人の姿である。アメリカン・ドリームのために高い代償を払い、精神と肉体を病み、暴力とハラスメントに苛(さいな)まれ、わずかの賃金すら踏み倒され、それでも国境管理当局に見つかることを怖(おそ)れて声を上げられずにいる人びと。ハッシュタグなど使わず、警察の暴力に対するデモにも行かない、リベラル派の政治的関心の外にいる人びと。金融街へブルーベリーマフィンとカフェラテのおしゃれな朝食を届けるのも彼らだし、九.一一の後で有毒のジェット燃料がしみ込んだグラウンド・ゼロの清掃に従事したのも彼らである。

 先月末、アメリカ連邦最高裁は半世紀以上続けられてきたアファーマティヴ・アクション(積極的差別是正措置)を違憲と判断した。だが、大学と社会に多様性が必要であることは、誰も否定していない。今回被告となったのはハーヴァード大学とノースカロライナ大学だが、私立であると公立であるとを問わず、よい大学は常に社会的衡平や公共善への奉仕を考える。

 本書が日本社会に突きつける最大の問いはここにある。果たして日本の大学が不法移民を受け入れ、低所得者層の優遇や男女平等の促進を考えることがあるのだろうか。ジェンダーギャップ一二五位のこの国で、女子大学の共学化を論ずるなど、恥ずべき暴論である。国会議員の半数が女性になってから言え。池田年穂訳。

読売新聞
2023年7月14日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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