『アートの値段 現代アート市場における価格の象徴的意味 (原題)Talking Prices』オラーフ・ヴェルトハイス著(中央公論新社)
レビュー
- 読売新聞
- [レビュー]
- (アート・エンターテイメント)
『アートの値段』
- 著者
- オラーフ・ヴェルトハイス [著]/陳海茵 [訳]
- 出版社
- 中央公論新社
- ジャンル
- 芸術・生活/芸術総記
- ISBN
- 9784120056451
- 発売日
- 2023/04/20
- 価格
- 3,960円(税込)
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『アートの値段 現代アート市場における価格の象徴的意味 (原題)Talking Prices』オラーフ・ヴェルトハイス著(中央公論新社)
[レビュアー] 小池寿子(美術史家・国学院大教授)
初物の価値 愛・道徳も作用
美術市場はかつてないほど活況を呈し、若い世代もネット市場を介して購入に関心を高めている。しかし、その価格は、誰が、どのように決めているのか。アート市場の実情は知られていない。
本書は、オランダの社会学者が、満を持して世に問うた現代アート市場経済論である。アムステルダムとニューヨークに限定し、初物を扱う「一次市場」と一度世に出た作品を扱う「二次市場」に分類した上で一次市場に特化し、作品売買に関わる芸術家、ディーラー、ギャラリー、コレクターら経路の関係者に独自インタビューした結果を綿密に分析した上での学術論文である。
17世紀、プロテスタント国オランダでは市民社会が発達し、富裕層をはじめ多くが日常的に自室に絵画を掛けて愉(たの)しむためにアート市場が定着し、18世紀を経て19世紀のパリで今日の原型となる市場が確立する。一方ニューヨークは、第二次大戦以降アートシーンの中心となり、最大級の市場が形成された。
著者の分析によるとアート市場は独自の価値観にもとづいている。つまり作品の価値は、消費経済のように数量的に需要と供給の関係によるだけではない。サイズや画材という物質的側面もあるが、何より、芸術をめぐる親密な繋(つな)がりや「愛」、道徳的価値観が作用し、その根底には美的趣味判断が作用している。
目的と八章分の要約を記す序章、各章の小括があるため要点は掴(つか)みやすい。とは言え門外漢には手強(てごわ)く、また、現代アート市場に君臨するニューヨークと、ヨーロッパの伝統をまがりなりにも継承するアムステルダムとの比較だけでは価格決定の深層は不透明なままだ。オンライン化した市場は今日、中国やインドを含め購買者層も拡大している。
本著以降の著者の研究については訳者のあとがきが参考になる。アート市場研究は、日本の美術史学ではこの10年来始まったばかりであり、本書を起爆剤に人文諸科学の協働によって市場のみならず脆弱(ぜいじゃく)な日本文化政策の推進をも期待する。陳海茵訳。