『物ぐさ道草』荒井とみよ著(編集工房ノア)

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物ぐさ道草 多田道太郎のこと

『物ぐさ道草 多田道太郎のこと』

著者
荒井とみよ [著]
出版社
編集工房ノア
ISBN
9784892713668
発売日
2023/03/16
価格
2,420円(税込)

『物ぐさ道草』荒井とみよ著(編集工房ノア)

[レビュアー] 苅部直(政治学者・東京大教授)

 戦後の日本で、フランス文学者でありつつ、幅ひろい評論活動を続けた多田道太郎。その人物が多忙のかたわら「日本小説を読む会」を、毎月の定例で四十年近く続けていた。会の初期から加わっていた著者が、「師」と仰ぐ多田の著作を読み直し、その人柄について回想する本である。

 多田は一九七〇年代以降、「しぐさ」や「笑い」を主題にした日本文化論を数多く発表し、軽やかさや遊びに目をむける社会の風潮のうちで広く読まれた。だが著者、荒井とみよは、本人のふるまいに特徴的だったのは「微苦笑」だったと回想する。民主主義運動や人権擁護運動の周辺にもいながら、距離をとり続けた多田。その背後に、終戦直後に軍隊から脱走するという複雑な経験があったことを、本書は明らかにする。

 説話の「物ぐさ太郎」に注目し、「読む会」ではユーモラスなやりとりを繰り広げる。そうした軽やか、華やかな表情の奥にわだかまっていた屈託を、荒井はとりだす。ありきたりの戦後史の叙述からはこぼれ落ちてしまうような、魅力的な陰影がそこに示されている。

読売新聞
2023年7月28日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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