『岡倉天心とインド 「アジアは一つ」が生まれるまで』外川昌彦著(慶応義塾大学出版会)

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岡倉天心とインド

『岡倉天心とインド』

著者
外川 昌彦 [著]
出版社
慶應義塾大学出版会
ジャンル
哲学・宗教・心理学/哲学
ISBN
9784766428896
発売日
2023/04/19
価格
3,960円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『岡倉天心とインド 「アジアは一つ」が生まれるまで』外川昌彦著(慶応義塾大学出版会)

[レビュアー] 小池寿子(美術史家・国学院大教授)

思想的転向の過程 検証

 岡倉天心(1863~1913年)は、美術調査員として欧米諸国を視察し、東京美術学校校長を辞しては日本美術院を創設、横山大観ら気鋭の芸術家を育てるなど、思想家にして近代日本美術復興の泰斗だ。しかし、代表作『東洋の理想』の冒頭「アジアは一つ」は、第二次大戦期に国粋主義の拠(よ)り所とされ、岡倉評価の分水嶺(ぶんすいれい)として今に至る。当初は西欧文明をよしとした明治の国際人岡倉は、いかなる思想的転向を経験して「アジアは一つ」に至ったのであろうか。本書は岡倉の転機となった渡印に焦点を当て、その過程を具体的に検証する。岡倉論かつアジア激動期のインドをドキュメンタリー的臨場感で語る近代インド論でもある。

 問題提起と各章概要に始まり、前半は主に岡倉について、後半は宗教改革運動の旗手にしてインド美術の内発的発展を主張した識者ヴィヴェーカーナンダと英領期インド社会の知的状況を詳述。終章は岡倉とこの識者との思想的交流の意義づけへと展開するが、宗教美術をめぐる言説が主旋律となる。岡倉と並び立つ識者は、「不二一元(ふにいちげん)論(アドヴァイタ論)」にもとづく宗教的覚醒を説き、各地を行脚して後進性と内在的エネルギーを看破。1893年シカゴ万国宗教会議の翌年、ボストン美術館東洋部長フェノロサの知己を得る。

 そもそも、お雇い外国人フェノロサに西洋思想芸術の薫陶を受けた岡倉は、師と共に各地を巡って寺社再興をはかり、慧眼(けいがん)と大胆な行動力をもって日本美術史の扉を開いたのであった。その岡倉は、かの識者を訪ねて1901年末から翌年秋までのインド滞在を目論(もくろ)み、彼の僧院に滞在して各地の美術をも見聞する。

 岡倉とインドの邂逅(かいこう)を通して宗教思想文化と美術の緊密な関係が問い直される。文化理解の根本には土地への洞察が肝要である。「アジアは一つ」は、欧米とアジアの大地で呼吸した岡倉の熱情から吐き出された言葉でもあろう。岡倉の視座が、多様性の包摂を悲願とした近代インドとの接触により開ける過程は今日の文明論にとっても示唆的である。

読売新聞
2023年8月11日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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