「これはもう平伏するしかない」ミステリ読者の“常識”を鮮やかに覆す作品など3作を紹介

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  • エフェクトラ 紅門福助最厄の事件
  • 十戒
  • やさしい共犯、無欲な泥棒 珠玉短篇集

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[本の森 ホラー・ミステリ]霞流一『エフェクトラ 紅門福助最厄の事件』/夕木春央『十戒』/光原百合『やさしい共犯、無欲な泥棒』

[レビュアー] 村上貴史(書評家)

 霞流一が、長篇としては約十七年ぶりに名探偵紅門福助を登場させたミステリが『エフェクトラ 紅門福助最厄の事件』(南雲堂)だ。忍神健一の役者生活四十周年記念セレモニーを前に、赤い雨などの不可解な出来事が続発した。忍神は、セレモニーを無事に成功させるべく紅門福助を雇ったのだが、セレモニー準備中に、雪で密室状態となった建物で殺人事件が起きてしまう……。謎また謎で幕を開けた本書は、その後も謎尽くしで突っ走る。不可能状況での殺人、死体に施された“見立て”の謎、そこに絡んでくる二十世紀末の事件、などなど。その謎を紅門福助が解く。三二〇頁から四三九頁にかけて、ラストの三章を費やして、誰が如何にして何故やったかを、この名探偵は丁寧に解き明かすのだ。なんたる密度か。しかもその謎解きで浮かび上がる真相は、ミステリ読者の“常識”を鮮やかに覆す。これはもう平伏するしかない。そして読者は、本書を読み終えて痛感するだろう。霞流一が、とてつもなく大胆なアクロバットを読者の目の前で演じていたことを。いや天晴れ。謎解きミステリの醍醐味、ここに極まれり。

 大正時代を描いた『時計泥棒と悪人たち』を前回ご紹介したばかりの夕木春央だが、新作『十戒』(講談社)は現代ミステリだ。舞台は、主人公である芸大志望の浪人生、里英の伯父が所有していた小さな無人島。その島にある伯父の別荘を活かしてリゾートを営むことになり、里英と父親など、九人の関係者が一泊二日の予定で島に集った。その初日、彼等は予想外の発見をした。大量の爆薬だ。誰が何のために設置したのか。そして一夜が明けると、関係者の一人が死んでいた。ボウガンで射殺されたらしい。別荘に置かれた“犯人”からの書状は、爆薬で脅しつつ、この島に三日間滞在し、しかも犯人を見つけるなと命じていた……。著者が爆薬と書状で作り出した極めて人工的な閉鎖環境で殺人が連続する様は実にスリリング。いわば“推理禁止”という状況下でなにが起こっていくのかも興味深い。そして驚愕と納得。さらに余韻。またしても素敵なミステリであった。

 昨年夏に五十八歳で亡くなった光原百合『やさしい共犯、無欲な泥棒』(文藝春秋)は、出身地である尾道を思わせる「潮ノ道」を舞台にささやかな謎を綴った三篇や、光原百合としてデビューする前に別名義で発表したミステリなど全九篇を収録した短篇集。潮ノ道の二篇の主人公には、尾道でラジオパーソナリティ経験を持つ著者の姿が重なるし、大学のミステリ研を舞台にした短篇にも、やはり大学推理研出身である著者を重ねたくなる。追悼短篇集であるが故についそうした感傷を抱いてしまうのだが、それはさておき、収録作のすべてに温もりが宿っている。大半の作品には謎と推理も。推理作家協会賞短編部門を受賞した「十八の夏」が注目されがちだが、本書の短篇たちもまた良質。御一読を。

新潮社 小説新潮
2023年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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