コワすぎ…“食べたもので体はできている“から、本を貪り食って驚きの体験を得ようとする話【夏休みおすすめ本BEST5】
レビュー
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中江有里「夏休みおすすめ本BEST5」
[レビュアー] 中江有里(女優・作家)
小田雅久仁『禍』はヒトの「からだ」をモチーフに、内臓をえぐるような生々しさ全開の短篇集。
冒頭作「食書」は、書店の便所で本を貪る女と遭遇した男の物語。小説家である男は女の「一枚食べたらもう引きかえせないからね」という言葉に取りつかれたように家の蔵書を口にする。貪るように本を読むのではなく、本当に本を貪る描写に喉が詰まる。食べたものでからだはできている。食べた書物によって自分の想像をはるかに超える体験ができるとあれば、創作者なら食べずにいられないだろう。
「髪禍」は報酬に惹かれて、宗教団体の儀式にサクラとして参加した女の悪夢。どの物語も恐怖の壁や天井を突き抜けて、気づけば深い穴に落とされる。一番恐ろしいのは、こんな本を書いた著者の想像力か。
田中兆子『今日の花を摘む』の主人公・愉里子は出版社に勤める五十一歳独身。かりそめの恋を「花摘み」と呼び、男性との肉体関係を愉しんでいる。花を摘みながら、趣味の茶の湯を通じて交流していた七十歳の万江島との関係を深めていく。愉里子を(古い言い方で)ふしだらと突き放すべきか、自分に正直と頷くか、読みながら常に問われているような気がした。中高年の性愛には年齢相応の障害もあるが、その対処と自分自身を決していい加減に扱わない愉里子の態度にハッとさせられた。後半、今時の問題が勃発してからの女性たちの連帯の強さが心地よい。
歌人・東直子が百人一首を現代の言葉で詠み直した『現代短歌版百人一首 花々は色あせるのね』。決められた文字数での現代語訳というだけで大変そうだが、制約があるからこそ言葉のひとつひとつが粒立つ。
一句紹介すると、中古三十六歌仙の一人、藤原義孝の和歌をこんな風に訳す。
「死んでもいいと思ってたけど君のために長く生きたい一緒にいたい」。恋愛も制約があったから燃え上がった部分もあるのだろうし、寿命も短かった世。儚い愛を詠んだ和歌が残っているのは、社会や価値観が変わっても、変わらぬものがある証。和歌の解説や関連する別の和歌を紹介してくれるのも親切で、百人一首が身近になる。
『伊丹十三の台所』は映画監督、俳優、エッセイストと様々な顔を持つ伊丹氏がこだわった台所に関するエッセイをまとめた書。
「すぐれた舌を持っている人は、これから作ろうとする料理をどういう味にするか、はっきりしたイメージを持っている」。この言葉とともに伊丹氏のレシピを見返すと料理とは生き方だと感じる。これぞダンディズム。
光原百合『やさしい共犯、無欲な泥棒』は昨夏亡くなった著者の短篇集。「なんだいミステリ研」が登場する表題作二篇は特に優しくて、懐かしい。木漏れ日のようなミステリ集。