『蒼天の鳥』
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2023年江戸川乱歩賞受賞作は女流作家母子の冒険と謎解きの物語
[レビュアー] 香山二三郎(コラムニスト)
惑星衝突を目前にした近未来の福岡で二〇代のヒロインが連続猟奇殺人事件に直面する前作から一転、今回の江戸川乱歩賞受賞作は大正時代の鳥取県を舞台に、実在の女流作家母子が映画から飛び出た兇賊相手に奮闘する冒険と謎解きの物語だ。
田中古代子は女性の自立を訴える“新しい女”の潮流に乗った新進の女流作家として注目を集めるバツイチ子持ちの二七歳。大正一三年七月、彼女は七歳の早熟な娘・千鳥とともに兇賊とその一味がパリの街を支配しようとする伝説の活動写真「探偵奇譚 ジゴマ」を見に鳥取市を訪れる。友人の作家・尾崎翠と旧交を温めたのち、いよいよジゴマと名探偵ポーリンの戦いを見始めるのだが、前篇の山場になったところで舞台が火事に。しかも突如銀幕の中から現れたジゴマが隣にいた男を刺し、古代子たちにも襲い掛かろうとする。
何とか難を逃れ故郷・浜村へ帰った古代子たちだったが、村にもジゴマの手先Z組と思しき連中の影が。やがて地域のお祭り鷲峰祭の寄合からの帰途、母子は再びジゴマとその手先に襲われて……。
一見ホラー調の出だしだが超自然な技巧は使われていない。この後、古代子の内縁の夫、涌島義博が登場、筋金入りの社会主義者であるこの男が事件の謎を解く糸口を提示してくれる。というわけで、関東大震災後の地方の社会情勢が大きく関わってくるのだが、著者はそのあたりの事情をジゴマ映画の活劇演出の妙と巧みに重ね合わせることで、見事なエンターテインメントに仕立て上げた。
むろん主役の古代子・千鳥母子も全篇にわたって躍動している。世間ではもてはやされながらも、気管支炎という持病で、尾崎翠ともども鎮痛剤に依存していく古代子の人生は決して安楽ではなかったはずだが、本書からはむしろそうした闇を吹き飛ばそうと前向きに生きた姿が伝わってくる。古代子・千鳥の作品再評価も望まれる。