『ウクライナ動乱 ソ連解体から露ウ戦争まで』松里公孝著(ちくま新書)

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ウクライナ動乱

『ウクライナ動乱』

著者
松里 公孝 [著]
出版社
筑摩書房
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784480075703
発売日
2023/07/06
価格
1,430円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『ウクライナ動乱 ソ連解体から露ウ戦争まで』松里公孝著(ちくま新書)

[レビュアー] 遠藤乾(国際政治学者・東京大教授)

旧ソ連圏内の変動 今も

 ウクライナ戦争の開始以降、その起源や性格について大いに議論されてきた。ウクライナを中心に旧ソ連圏の政治を研究してきた第一人者である著者は、長年の現地調査と政治学のツールを組みあわせ、その議論に一石を投じる。

 それによれば、この戦争は国家間戦争として(のみ)見ると間違う。その本質は分離紛争だ。もともとソ連崩壊時の領域設定に無理があったところ、旧ソ連圏で2008年ごろから分離紛争が頻発したが、今回の戦争はそれらと比較可能である。ロシアで旧ソ連構成国に寛大な兄貴分精神が後退するとともに、多様な歴史観と文化を抱えるウクライナで、所得が落ちこんで社会不満がつのったところ、マイダン革命をへて単一文化と歴史観が上から押しつけられた。それにしたがい、クリミアやドンバスがキーウに背を向ける。露宇両国で言説が両極化するなか、この分離志向の強まりの処理に失敗し、ウクライナのテロや民間砲撃などを介して極端に暴力化したのが今回の戦争である。

 そうした背景に沿い、ロシアの戦争目的も、当初ドンバスの「解放」が重きをなし、ゼレンスキー政権の打倒や体制転換も視野に入っていた。しかしそれは、緒戦で獲得し、地政学上重要な領土の確保に迅速にシフトした。そうなると、いわゆる国際社会の反応も厳しくなる。しかし、ことの本質は、米露対立にあるわけではなく、ウクライナが親露や親欧米かという点にあるわけでもない。起点はソ連崩壊だ。旧ソ連圏で共通にみられる内政上の変化が露宇両国にみられ、その変動を我々はまだ生きているのだ。

 こうした議論をウクライナに厳しく、ロシア寄りだと党派的に解釈する向きはあろう。その余地は確かにある。しかし、立場はどうあれ、結論をうる前に、ウクライナという縁遠い国を一貫して見つめ、規範的にではなく実証的に向きあった研究者の解釈に付きあってみても遅くなかろう。その価値は十二分にある労作である。

読売新聞
2023年9月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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