『名画のコスチューム 拡大でみる60の職業小事典』内村理奈著(創元社)

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名画のコスチューム

『名画のコスチューム』

著者
内村 理奈 [著]
出版社
創元社
ジャンル
芸術・生活/絵画・彫刻
ISBN
9784422701455
発売日
2023/05/29
価格
3,520円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『名画のコスチューム 拡大でみる60の職業小事典』内村理奈著(創元社)

[レビュアー] 小池寿子(美術史家・国学院大教授)

服飾で読み解く近代社会

 絵画に描かれたコスチュームを丹念に読み解く服飾史本だ。冒頭で、コスチュームの語の歴史と意味を明らかにした上で、社会を映す衣裳(いしょう)・制服の意として60種の職業を紹介する。

 服飾史の大転換期ロココとそれに続く産業革命以降、服飾の意匠が大いに発展したフランスとイギリス絵画をおおむね対象とする。ギリシア・ローマ神話やキリスト教を主に主題とする歴史画が推奨された18世紀までは、当世風の人物像はなかなか描かれなかったのだ。肖像画や風俗画を中心に、装飾品や服飾の細部と持ち物に焦点を当て、どのような職種が近代社会を支えたのか、また縫製技術や繊維業、染織史も詳(つまび)らかとなる。

 何より拡大図が素晴らしい。普段はつい絵画全体をまんぜんと眺めてしまうのだがディテールの魅力が存分に生かされていて、絵画への理解と魅力がぐんと増し、思わず見入ってしまう。

 本書で取り上げられる職業は、男性陣では王や王子、革命家や軍人、衛兵や騎士、闘牛士や仕立て屋、医者や床屋、死刑執行人、紳士たち。女性陣ではこれまた王侯貴族ばかりでなく、踊り子、乳母、侍女、女優、洗濯女、花売り娘、魔女などが登場し、その服飾から社会的状況やその人となりまでもわかってくる。見過ごされがちな細部描写に焦点が当てられ、時代を生きた人々が鮮やかに蘇(よみがえ)る。

 たとえば、家庭教師や孤児たちの保育、性的な対象ともなった売り子、お針子、帝国の植民地支配によって開かれたオリエントへのまなざしを反映した女奴隷など、女性固有の職業のあり方、また、身だしなみについても考えさせられる。

 その中で一貫して関心を引くのは白に対する価値観だ。高価なレースやリネン、絹などの白色に対する感性が17世紀から研ぎ澄まされてゆくという。清潔感や漂白技術も関係するのであろう。むろん対極の黒も服飾史上、きわめて重要な色彩だ。因(ちな)みにレースやリボンは男性諸氏も好んで身につけたという。思いがけない発見が宝石のように随所にちりばめられている。

読売新聞
2023年9月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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