『カモナマイハウス』重松清著(中央公論新社)

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カモナマイハウス

『カモナマイハウス』

著者
重松清 [著]
出版社
中央公論新社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784120056765
発売日
2023/07/20
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『カモナマイハウス』重松清著(中央公論新社)

[レビュアー] 鵜飼哲夫(読売新聞編集委員)

空き家の悲喜 家族再生

 生きるとは何か? これは深遠な問いだが、それは年を取ることと言えないだろうか。死んだら、年を取るのをやめますから。では、年を重ねるとは何か。成長につれ、人は社会、地域、家族で様々な役割を果たすが、老いとともに役割を終えていく。ふつうはそう考えてしまうが、本書は老後の未来を見すえ、元気が出る。

 主人公のひとり水原孝夫は満58歳の誕生日に役職定年となり、出向した不動産会社で空き家のメンテナンスをしている。その妻・美沙は、実家の両親を看取(みと)り、介護ロス気味。謎の老婦人が豪邸で主宰する怪しげな「お茶会」にはまっている。二人が心配なのは31歳になる元戦隊ヒーローの息子。アルバイトをしながら忍者ミュージカル劇団を主宰しているが、その将来が気が気でならない。

 今春、還暦を迎えた直木賞作家は、ここに人と同じように老朽化し、役割を終えた空き家の問題をからめ、現代の家族小説にした。ことは妻・美沙の実家が、気鋭の「空き家再生請負人」による再生プロジェクトの標的となったことで始まる。計画には合理主義者の美沙の兄も絡んでいたことで兄妹げんかが勃発。役目を終えた家とどうお別れするかという問題は、いつしか残された人生の選択と結びつき、空き家が示す様々な家族の事情まで浮き彫りにする。

 作中に示される全国の空き家は849万戸で、人口がそれより少ないブルガリアやデンマークなら、〈一つの国がそっくり引っ越してきても受け容れられるほどの空き家が、いまのニッポンにはある〉。主なき家は無用に見えるが、柱の傷は住んでいた家族の歴史である。空き家の将来は、日本の将来も占うことになりそうだ。

 水原家の人々は、空き家をめぐる泣き笑いを通して、それぞれに新たな出会いがあり、新たな役割も生まれ、家族を再生していく。何かが終われば何かが始まる。重松節による人生讃歌(さんか)がじんわりと染み入る。

読売新聞
2023年9月15日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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