連作短篇の見事な収斂。シリーズ化を熱望する!

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藩邸差配役日日控

『藩邸差配役日日控』

著者
砂原 浩太朗 [著]
出版社
文藝春秋
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784163916897
発売日
2023/04/21
価格
1,925円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

連作短篇の見事な収斂。シリーズ化を熱望する!

[レビュアー] 縄田一男(文芸評論家)

 神宮寺藩七万石の江戸藩邸で差配役をつとめている里村五郎兵衛を主人公に、様々な事件が起こる全五話からなる連作である。

 差配役は藩邸の管理を中心とした要のお役だったが、口の悪い者は陰で何でも屋などと言っている。

 巻頭の「拐し」は、若君の亀千代がお忍びで上野の山に出掛けたまま消息を絶ったという事件。しかし、江戸家老の大久保は「むりに見つけずともよいぞ」と何やら不穏な雰囲気。そして、若君の守り刀が弁天堂で見つかるのだが……。この第一話は藩に渦巻く陰謀の端緒と若君の思春期の心情が二つながらにストーリーを彩っている。

 続く「黒い札」は、藩で皿や碗などの調度をあつかう商人を選ぶ入れ札から物語がスタートする。作者が優れているのは、安く見積もった者より高く競っている者たちに五郎兵衛の目が行くように作っているところであろう。その中で語られる過去の冤罪事件もあり、五郎兵衛は政の深淵を覗くことになる。

 第三話「滝夜叉」は、自分はその気でないのにトラブルメーカーとなってしまう女中のお滝と五郎兵衛の交渉を描き、作者がこれまで描いてきた武家物と世話物が初めて接点を見せた貴重な作品。

 次の「猫不知」は、お方さまが飼っている虎毛の猫・万寿丸失踪の一幕。

 いよいよラストの「秋江賦」で、善悪入り乱れてのお家騒動にもようやくカタがつくが、作者は様々な仕掛けや伏線を用いて、二派の対立の中でがんじがらめになりつつもいささかも動じることのない五郎兵衛のキャラクターを巧みに描いている。

 作者が、こうした連作形式の物語をラストで収斂させるのは、本書が初めてであり、その見事なさまは実に頼もしい。

『藩邸差配役日日控』のシリーズ化を是非とも望むものである。この上質な作品に触れてもらいたい。

新潮社 週刊新潮
2023年9月28日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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