『空想地図帳 架空のまちが描く世界のリアル』今和泉隆行著(学芸出版社)

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空想地図帳

『空想地図帳』

著者
今和泉 隆行 [著]
出版社
学芸出版社
ジャンル
歴史・地理/地理
ISBN
9784761528560
発売日
2023/06/16
価格
2,750円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『空想地図帳 架空のまちが描く世界のリアル』今和泉隆行著(学芸出版社)

[レビュアー] 金子拓(歴史学者・東京大教授)

まるで実在 想像広がる

 多(た)奈(な)崎(ざき)市という町がある。人口は36万人。首都から800キロ離れた大積県の県庁所在地であり、古くからの城下町であった。

 また高見市という町がある。人口は16万人。町の中心にある駅の東側は内(うつ)次(き)神社の門前町として栄えた古くからの市街地であり、いっぽう西側は近年開発された地域で、こちらに市役所や図書館などの官公庁・公共施設があり、大きなショッピングセンターも建てられた。

 いま紹介したのは本書に掲載されている架空の町である。本書にはそんな町が17箇所、スマホの地図アプリなどでおなじみの都市地図や道路地図、さらには住宅地図や昔の町を描いた戦前の地図や江戸の切絵図を思わせる地図などによって紹介されている。いかにも訪れたことがありそうな町ばかりだが、「空想地図」だから、実際はこの地球上のどこにもない、地名はもちろん、お店やコンビニチェーンに至るまで、すべて架空の名前が付けられる徹底ぶりだ。

 「人はなぜ空想地図を描くのか」。子供の頃無意識に描き始めた。最初はそれぞれ秘密の趣味であったが、PCの普及により製作は手書きから描画ソフトに移り、掲示板やSNSの普及によって同好の士が見つかって、お互いに描いた地図を共有しあい、意見を交換するようになった。地図製作者それぞれのSNSアカウントが紹介され、それぞれいつ頃どんなきっかけで地図を描き始めたのかも記されている。

 本書の地図に、人間の想像力の無限の広がりを感じ驚かされる。これらオリジナリティに満ちた地図の背後には、作る人個々のそれまでの経験や知識・研鑽(けんさん)、さらにその人が属する社会集団のなかで伝えられた知識、さらに大きくいえば人類に共有される厖大(ぼうだい)な知の蓄積がある。リアリティによる裏打ちも不可欠なのだ。

 空想地図を見ていたら、埋もれていた記憶が不意に甦(よみがえ)ってきた。評者も方眼紙に架空の島国を描いて遊んでいた子供だったことを。

読売新聞
2023年9月29日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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