「群ようこ」を誤解していたかもしれない 群ようこ『こんな感じで書いてます』

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こんな感じで書いてます

『こんな感じで書いてます』

著者
群 ようこ [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784103674146
発売日
2023/09/19
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「群ようこ」を誤解していたかもしれない

[レビュアー] 原田ひ香(作家)

原田ひ香・評「「群ようこ」を誤解していたかもしれない」

 小説作法、物書き作法といった本は世の中にごまんとあり、実は私もそれらを読むのが大好きだ。話題になっていたり、書店で見つけたりすればすぐに買って読むことにしている。

 きっと、それらの著者である作家さんや編集者さんは、まだ世に出ていない作家志望者、もしくは小説家の卵に向けて書き、作っているのだと思うのだけど、内心、私はこれこそ、作家、小説家のために書かれたものだ、本当にこの手の本を楽しめるのは当事者の小説家自身なのだ、と思っている。

 というのは、実際、まだ作家としてデビューしていなかった時は、もう、書いてあることを仰ぎ見て、なるほどなあ、すごいなあ、と思うけど、それを実行するのは正直、なかなかむずかしかったし、ぴんとこないものもあった。

 けれど、小説家になってしまったあと、それらの本を読むと、うんうんとうなずけることばかり。自分がやっていなかったことがあれば、すぐ次の日から実行してみたいと思うし、すでにできていることならば、「おお、私の方法は間違っていなかったのだ。○○先生もやっていらっしゃるのだから」、うっしし、と笑ったりできる。だから、作家志望の方に言いたいのは、ぜひ早く作家におなりなさい、なったら、この本が何倍も楽しくなるよ、ということなのだ。

 というわけで、本書も『こんな感じで書いてます』という題名からしてわくわくしながら手にとった。

 いやあ、もう、痛快ですね。

 例えば、書くことの「アイデアはどこから得ていますか」という質問、私もこの夏だけで五回は聞かれたのではないだろうか。この質問をする方すべてが小説家を目指しているわけではないだろうが、これに対する群さんの答えがシンプルでありつつ、クリアで的確である。

「『ネタはどうやって見つけるのか』といっている人は、物書きには向かない可能性が高い」

 大きく頷くだけでなく、膝が痛くなるまで打ちたいくらいでした。今後、私も使わせていただきます。

 本書を読みながらずっと考えていた。

 群ようこという作家を、私はずっと誤解していたのではないか、と。

 十五年ほど前まで、私はただの読書好きな会社員や主婦で、群さんの文章からは「少し上の世代の作家・エッセイストのお姉さんがどんな生活をされているのか」とか、「着物を日常着にする生活というのはどんなものなのか」というような情報を知りたくて、群さんがこれまで何度も魂から絞り出すようにして書かれている、文章を書いて生活をしていることはたまたま人生の流れだった、原稿を書くのがいちばん好きというわけではないという部分を、あまり信じていなかった。

 群さんはずっと昔からおっしゃっているのに、なんとなく心の中で「謙遜されているんだなあ」「照れていらっしゃるのかな?」とその部分を読み飛ばしていて、他のところに没頭していた。

 それはおしなべて、文章を書くような人間、それをなりわいにするような人間は、大きな自我のかたまり、自意識の壁と戦いながら生き、それを書くことで昇華させているのだ、という自分の偏見というか、思い込みがあったからかもしれない。

 本文の中には次のような文章がある。「『ああ、面白かった』といって本を捨てられたとしても、それでいい」「私がやっているのはすきま産業なのである。王道を歩む作家の方々が、立派な道路を造っていくその脇の細道で、スコップでちまちまと土を掘り起こしている感じ」

 こういうことは絶対に照れや謙遜では言えない。群さんは本当に稀有な、痛い自意識がない作家なのだ。

 読みながら泣いてしまったところがある。

 群さんが一時期、ローンの返済などに追われ、たくさんの連載を抱えて、できが今ひとつと反省しながらも原稿を送っていた、という話だ。私も仕事を抱えて、同じような気持ちになったことがあり、すごくわかる、と図々しくも共感した。

 しかし、一方で、群ようこの一読者として言いたいことがある。かつて、私はOLをしながら群さんの本を読んでいた。書店で新刊を見つけるたびに、「わあ、群さんの本がまた出てる!」と本を抱きしめて、レジに走っていた。群さんがそこまで大変な状況にあるとはみじんも思わずに。疲れた時、つらい時、それらの作品は私の生活をどれだけ慰めてくれていただろうか。

 だから、それが群さんご本人だとしても、私が大好きな「群ようこ」にそんなことを言わないで、苦しませないで、と心から願ってしまう。

 本書は私のような読者を慰めるだけでなく、物書きになりたいという方の大きな指針となるだろう。

新潮社 波
2023年10月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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