<書評>『怪異と妖怪のメディア史 情報社会としての近世』村上紀夫 著

レビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

怪異と妖怪のメディア史

『怪異と妖怪のメディア史』

著者
村上 紀夫 [著]
出版社
創元社
ジャンル
歴史・地理/日本歴史
ISBN
9784422701295
発売日
2023/09/07
価格
2,640円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

<書評>『怪異と妖怪のメディア史 情報社会としての近世』村上紀夫 著

[レビュアー] 石堂藍(ファンタジー評論家)

◆凶事の予兆捉える心性背景に

 はるかな昔から人類は怪異現象に注目してきた。多くの場合、何らかの予兆と捉(とら)えて自分たちの未来を守ろうとしたのである。大災害の後の流言を見ていると、その心性が今も私たちの中に残されていると思える。

 本書は近世において、怪異をめぐる言説がどのように人々の間を流れていったのかを、メディア論を視野に入れつつ探ったものだ。史料をよくそろえた実証的研究で、人間の本質に迫るといったことは眼目ではないのだろうが、怪異現象流行の理由を著者が問うとき、立ち現れてくるのはこの心性なのである。

 ここでは五つの怪異が取り上げられ、それを媒介するメディアの特質を考慮した興味深い論が展開されている。

 「髪切り」では、知らぬ間に髪が断ち切られるという事象をめぐり、瓦版など流布した後消える性質を持つメディアと、書物など情報が蓄積されていくメディアで、怪異の捉え方が異なることを確かめる。妖怪「一目連(いちもくれん)」については、蓄積型メディアの中で時代と共に情報がどのように変転するのかを見てゆく。「石塔磨き」は、墓石の表面がピカピカに磨かれる謎をめぐるもの。ここでは近世のブログともいうべき私信の存在に注目する。雀が群がって争う「雀合戦(すずめかっせん)」は、私信で流れてくる情報を拡散させたりせき止めたりするゲートキーパー(門番)が存在することを語る。

 「流行(はやり)正月」は新年ではないのに正月行事をすることの背景を探る。もとは神社などの託宣により共同体で行っていたものが、瓦版や噂(うわさ)話に乗って近世末期の都市小市民が自ら行うようになった。かつて怪異の予兆を判断するのは官であり、むやみに民が怪異を判ずることは許されることではなかった。しかし近世では知識人が怪異を判じ、また市民は個々にそれを受け止めて、来るかもしれない凶事への対抗手段を取ったのである。

 本書からは情報の流れだけではなく、時代の移り変わりそのものや、時代と共に変わらぬ人々の心が見えてくる。テーマを越えて深く読み込むことに耐える好著だ。

(創元社・2640円)

1970年生まれ。奈良大教授・日本文化史。『江戸時代の明智光秀』。

◆もう一冊

『江戸奇談怪談集』須永朝彦編訳。(ちくま学芸文庫)。現代語訳で約180編を収録。

中日新聞 東京新聞
2023年10月1日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

中日新聞 東京新聞

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク