父のために楽天・三木谷会長が出資した「おもしろくねえほど簡単」な“ガン治療法”とは

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がんの消滅

『がんの消滅』

著者
芹澤 健介 [著]/小林 久隆 [監修]
出版社
新潮社
ジャンル
自然科学/医学・歯学・薬学
ISBN
9784106110061
発売日
2023/08/18
価格
924円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

ノーベル賞級の画期的治療法は天才の発想と泥臭い臨床研究から

[レビュアー] 鳥集徹(医療ジャーナリスト)

 果たして、「第五のがんの治療法」となり得るか。

「光免疫療法」は、がん細胞を光らせて可視化させる「がんの分子イメージング」の研究中に観察された「がん細胞がぷちぷち壊れていく」奇妙な現象、いわば本来の目的から外れた「失敗」を利用する「逆転の発想」から生まれた。

 光を当てると化学反応を起こす光感受性物質と、がん細胞に多く発現するたんぱく質(抗原)を標的とする抗体を結合させる。それを投与すると、薬剤が抗原を目印にがん細胞へ集積する。そこに特定の波長の近赤外線を照射すると、光感受性物質が化学変化してがん細胞が破裂する。

 さらに破裂したがん細胞から放出された中身に免疫細胞が反応し、活性化する。それによって、原発組織以外に飛び散っていたがん細胞も殺されていく。これが光免疫療法の原理だ。

 この治療法を開発した研究者が、米国国立衛生研究所(NIH)の主任研究員・小林久隆だ。京都大学医学部を卒業した小林は、日本中から秀才が集まる灘高校(兵庫県)在学中から「化学の鬼」と呼ばれたほどの頭脳で、放射線科医でありながら例外的に化学の知識に長けていた。「医学」「化学」「物理学」の融合とも言える光免疫療法が小林の手から生まれたのは、必然だったと言えるかもしれない。

 しかし、画期的な治療法だったとしても、実臨床での応用が許されるには、三~七年にもわたる治験をクリアする必要がある。実用化までにかかる費用も数百億円から一千億円超と莫大だ。それを支援したのが、当時、がんと闘っていた父親の延命治療を模索していた楽天グループ創業者の三木谷浩史だった。小林の説明に「おもしろくねえほど簡単だな」と唸った三木谷が、私財を投じて光免疫療法の臨床研究をバックアップした。そのエピソードを追えば、一人の天才的な研究者の発想が世に出るまでには、泥臭い道のりがあることも理解できるはずだ。

 光免疫療法は2021年1月、「切除不能な局所進行又は局所再発の頭頸部癌」に保険適用となった。他のがん種に対する臨床研究も続けられている。ただし、第五のがんの治療法とメディアで騒がれたが、私は実臨床での評価が定まるまで、真価はわからないと思っていた。

 事実、本書によれば思わぬ課題も見つかったようだ。それだけに過剰な期待は禁物だ。拙速にビジネス化を進め、信頼を失った新薬や治療法も多い。有望な技術であるだけに、焦らず実績を積み重ねることを望みたい。

新潮社 週刊新潮
2023年10月12日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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