『モーリス・ドニ イタリア絵画巡礼』
- 著者
- モーリス・ドニ [著]/小佐野重利 [監修]/福島 勲 [訳]
- 出版社
- 三元社
- ジャンル
- 芸術・生活/絵画・彫刻
- ISBN
- 9784883035526
- 発売日
- 2023/07/18
- 価格
- 2,750円(税込)
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『モーリス・ドニ イタリア絵画巡礼 芸術の主題をもとめて』モーリス・ドニ著、小佐野重利監修、福島勲訳
[レビュアー] 小池寿子(美術史家・国学院大教授)
宗教画の原点 探究の旅
モーリス・ドニ(1870~1943年)は、叙情性に富む色彩に絵画の命を託し続けたフランスの画家である。
社会的激動期のこの時代は、芸術にとっても怒濤(どとう)の変革期であった。科学技術の躍進と近代化は、芸術家の生きる道を変え、喧噪(けんそう)の都市パリを離れて自身の楽園を追求する画家や、理念をイメージに託す象徴主義の画家などを生んだ。何より写真技術の発達は、現実の再現や記録という役割を奪い、絵画とは何か、との根本的な問いを投げかけたのである。
キリスト教信仰を抱いていたドニは、印象派から新印象派へ流れに身をおきつつ、新たな宗教芸術のあり方を求め続け、ゴーギャンが率いたナビ(預言者の意)派に共鳴した、当時有数の理論家でもあった。ナビ派のマニフェストとして知られるドニの言葉は、「絵画は、女性の裸体とか、戦場の馬とか、何かの逸話とかである前に、何よりも、ある秩序のもとに組み合わせられた色彩が塗られた平面」(1890年)である。現実的な要素も理念的な要素も単純化された輪郭線に区切られた色面によって、装飾的な画面を構成するのだ。とは言え、主題をおろそかにするのではなく、対象となる自然への真摯(しんし)な視線と思索、妻や家族への愛が彼の信仰世界を語っている。
宗教画の原点を求めたドニは、1895年以降、十数回もイタリアに旅している。本書は1921年、22年、27~31年、フィレンツェなど各都市を巡った日記と講演録2本がまとめられた著作の翻訳だ。後輩たちの手引きのための本書では、宗教美術の重要性が綴(つづ)られていて、その豊かな知識に驚かされるが、何より、イタリアという土地への敬愛が存分に感じ取れる。読者をドニ芸術の深い瞑想(めいそう)の世界に誘うのは、紛れもなく詩情溢(あふ)れる文章だ。表情豊かな自然、遺跡、街角、さんざめき、街ごとの匂い。100年前のイタリアが今ここにある。この感覚を伝えてくれるのは、ドニの足取りを自ら旅した翻訳者の息づかいにもよる。監修者の精緻(せいち)な序文と注と合わせた三位一体によって旅する芸術家が蘇(よみがえ)る。(三元社、2750円)