『滅ぼす 上』
- 著者
- ミシェル・ウエルベック [著]/野崎 歓 [訳]/齋藤 可津子 [訳]/木内 尭 [訳]
- 出版社
- 河出書房新社
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784309208879
- 発売日
- 2023/07/27
- 価格
- 2,420円(税込)
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
『滅ぼす 下』
- 著者
- ミシェル・ウエルベック [著]/野崎 歓 [訳]/齋藤 可津子 [訳]/木内 尭 [訳]
- 出版社
- 河出書房新社
- ジャンル
- 文学/外国文学小説
- ISBN
- 9784309208886
- 発売日
- 2023/07/27
- 価格
- 2,585円(税込)
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
『滅ぼす 上・下』ミシェル・ウエルベック著
[レビュアー] 森本あんり(神学者・東京女子大学長)
仏大統領選巡る家族の愛
本書を書評する資格がわたしにあるかどうかわからない。これまで十を超える小説や評論が邦訳されている作家だが、読んだことがあるのは二〇一五年刊の『服従』だけで、それを思い出したのも本書をだいぶ読み進めた後だったくらいだから。それでも紹介したいと思った。
設定は二〇二六年のフランス。今よりiPhoneが数世代進んだだけの近未来だが、重要なのはそれが大統領選挙の前年にあたっていることだ。物語は候補の一人とも目される経済担当大臣のギロチン断首というグロテスクなフェイク映像がネット上に流され、政府サイトがハッキングされる、という事件で幕を開ける。犯人の正体や目的も不明なまま、第二第三のサイバーテロが繰り返され、しかも現実の殺戮(さつりく)行為へとエスカレートしてゆく。
ここまで読めば、本書の主題は大統領選挙とそれを脅かすテロリズムだ、と誰もが思うだろう。だが、下巻に入ると物語の叙述は大臣室の要職を務める主人公ポールとその妻や家族の細やかな愛情の交歓へと転移し、ある事実の判明から思いもよらぬ結末へと急転回する。読者はそこではじめて、『滅ぼす』という本書の不気味な題名が「何を」の説明を拒んでいたことに思い至る。
宗教をめぐる問題発言でしばしば批判される著者だが、本書の後半は世界の存在や生命の尊厳、幸福論や決定論など、ほとんど神学書といってよい様相を呈している。ポールの妹はフランスではもはや少数派となったカトリック信者だし、妻は環境系新宗教に惹(ひ)かれており、やがて無信仰なポールにも自分自身への抜き差しならぬ問いが迫ってくる。
話の展開に何となく筋違いの感触が残るが、それは狙い通りなのかもしれない。重要と思われたことがそうではなく、人生の優先順位は大きく変わることがある。自分の命が自分のものでないことを教えてくれるのは愛である。男性に仕える女性という描き方には問題を感じるが、ともかく「措(お)く能(あた)わざる」本で、読後感は清々(すがすが)しかった。やっぱり素人の感想です。野崎歓、齋藤可津子、木内尭訳。(河出書房新社 上2420円、下2585円)