十数人を殺害、50人以上の女性を暴行…アメリカ史上最大の被害を出したシリアルキラーを特定した驚きの方法とは?

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異常殺人

『異常殺人』

著者
ポール・ホールズ [著]/ロビン・ギャビー・フィッシャー [著]/濱野 大道 [訳]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784105073916
発売日
2024/01/17
価格
2,860円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

十数人を殺害、50人以上を凌辱…アメリカ史上最大の被害を出した連続強姦殺人犯を特定した驚きの方法とは?

[レビュアー] デーブ・スペクター(放送プロデューサー)

 十数人が殺害され、50人以上の女性が暴行された事件の捜査を明かした一冊『異常殺人―科学捜査官が追い詰めたシリアルキラーたち―』(新潮社)が刊行された。

 本作はアメリカ史上最大の被害を出したシリアルキラー「黄金州の殺人鬼」の正体を突き止めたポール・ホールズ氏による捜査記録だ。実録マーダーブックとも言える。

 科学捜査官であるホールズ氏は、通常の勤務の傍ら、独自に未解決事件(コールド・ケース)を調べていた。撲殺、顔面銃撃、隠された遺体、少女監禁など不気味で凄惨な犯罪の数々。犯人たちは現場にさまざまな証拠を残していくが、その多くが逮捕されることはない。それはなぜなのか?

 シカゴ出身で日本を拠点にタレント・放送プロデューサーとして活動するデーブ・スペクター氏が、捜査が難航する理由や凄惨な事件の一部に触れながら、日本の読者に向けて本作の所感を綴った解説文を紹介する。

(一部、作品の内容に触れている点はご承知ください)

 ***

 本書『異常殺人─科学捜査官が追い詰めたシリアルキラーたち』は、アメリカで有名な元科学捜査官、ポール・ホールズ氏による捜査録です。

 この本の第一の面白さは、科学捜査のリアルさを伝えているところです。“未解決事件もの”は本書の舞台であるアメリカでもとても人気があって、テレビドラマでは「コールドケース迷宮事件簿」、「CSI:科学捜査班」が大ヒットを記録しました。その理由のひとつは、ほかで見られないリアルなシーンが多いことでした。例えば死体には必ず虫が湧く、とかね。ちなみに両シリーズの製作総指揮は、ジェリー・ブラッカイマーです。

 事件現場というのは不気味で生々しく、具合が悪くなるようなものです。テレビではきれいに演出されてしまいがちな臭いや感触まで、ホールズ氏は明かしています。

 また警察の仕事は、そう劇的ではないことも明かされます。はっきり言って地味で、とんでもなく長い道のりです。テレビドラマだとたった一話で解決してしまいますし、NETFLIXのシリーズでは十話、二十話と長くなることがありますが、現実とはまるで比較になりません。


斜面に隠された最初の遺体を掘り起こした著者(現場写真)_本書127頁より

 二〇一八年に犯人を逮捕、ホールズ氏が名前を知られることになった「黄金州の殺人鬼」は、最初の犯行から逮捕まで約四十年掛かったのです。犯人はカリフォルニア州各地で少なくとも十数人を殺害、五十人以上を暴行、強盗を繰り返し、人々を震え上がらせていたシリアルキラーでした。そしてホールズ氏がそのほかに直面することになるさまざまな凶悪犯罪も、思うほど簡単には犯人逮捕に至りません。

 一方で、「黄金州の殺人鬼」ジョセフ・ディアンジェロは、違いました。警察官として働いていたときに得た知識を悪用しながら、犯罪者として恐ろしく“進化”していきます。

 ディアンジェロが好んだ警察の業務用の懐中電灯は、武器にもなります。めまいがするくらい強烈な光で顔を照らされると数十秒間、目が見えなくなりますし、柄は長くて乾電池が入っているため重く、振り下ろせば凶器としての威力は相当なものです。最初は強盗、次に強姦、そして殺人。しかも州内で移動を続けながら犯行を重ねていきました。

 押し入った家のカップルを縛りあげ、男の背中に皿を置いて「動いたら殺す」と言いながら、その目の前で女性を強姦する。そして犯行のたびにDNAが現場に残るのに、長い間、その身元が特定されることはなかったのです。


1974年前後、エクセター警察署に勤務していたジョセフ・ディアンジェロ_本書327頁より

 ホールズ氏が科学捜査の仕事を始めた一九九〇年代には、DNAデータベースなんて便利なものはまだありませんでした。残されたDNAから犯人を特定する捜査法は、徐々に普及してきたことがこの本を読むとよくわかります。またかつては大変な量のサンプルが必要だったところ、握ったコップに残った汗や、車のハンドルなどから採れる微々たるものでも照合が可能になりました。

 ですが「黄金州の殺人鬼」事件では、このDNA鑑定という方法が使えなかった。事件がさまざまな場所で起きたため、管轄する警察がサンプルを渡さないなど、色々な難しさがあったのですが、一番の問題は犯人のDNAがデータベースに登録されていなかったことでした。

 そもそも、ディアンジェロが犯行を重ねた一九七〇年代と八〇年代は、捜査に使えるものが違いました。街には監視カメラがそれほどありませんでした。いまは特にイギリスと中国が最も多いことが知られていますが、日本でも設置数が増えていますね。監視カメラが少ない住宅街でも、防犯カメラがあり、行き来する車のドライブレコーダーに映っていることもあります。現在はそれらを駆使して犯罪発生時からさかのぼり、犯人らしき人物が浮上したら、どこの駅でおりたとか、どこを歩いてきたとか、追跡できる。ナンバープレートを読み取れるカメラなんて、当時は想像すらされてなかったでしょう。

 当時のカリフォルニアでは、人々の防犯意識も違いました。現在は、強盗対策でレジに銃を置いているコンビニもありますが、当時はそうではない。もちろん各家庭でもそうでした。「黄金州の殺人鬼」をはじめ犯罪者たちにとっては天国のようだった。

 被害者のほかに、誰も犯行を繰り返す犯人を見ておらず、彼自身も警察に遭遇するようなミスをおかさない。心理学を捜査に応用するプロファイリングの手法も役立ちませんでした。だからこそ警察は行き詰まってしまいました。

 ディアンジェロには、妻も子どももいました。二重生活をして自分の異常性を隠していたのです。では、家族は気づいていたのでしょうか。夜中に外出していたことは知っていたでしょう。でも、まさか身近な人が犯人であるはずがない、というバイアスが働くものです。強い父親で収入もあり、それで家が成り立っている場合にはあえて問題にしないかもしれません。

 今だったら、おかしいと思ったらすぐ調べますよね。まずはPCやスマートフォンで何を見ているかをチェックしてみる。また連続殺人犯の多くは写真を撮るものです、あとで見返すために。今だったらスマホで撮るでしょう。パスワードが分かれば、その中身をそのまま見ることができる。またドライブレコーダーやSNSにも情報が残っているはずです。

 ただし、当時は状況がまるで違いました。二〇一七年に捜査が完全に行き詰まり、「犯人はもう死んだのではないか」という声もあるなかで、ホールズ氏が捜査に使ってみることにしたのが「家系図作成サイト」でした。

 これはものすごい、画期的なアイディアでした。ネット社会になったからこそ可能になった技術で、捜査線上に浮かばなかった真犯人に辿り着くことになったのです。

 もしかすると、この「家系図作成サイト」というのが日本のみなさんからするとピンと来ないかもしれません。解説していきましょう。

新潮社
2024年1月17日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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