『隆明だもの』
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『隆明だもの』ハルノ宵子著
[レビュアー] 鵜飼哲夫(読売新聞編集委員)
「いいことを照れもせずに言う奴(やつ)は疑ったほうがいいぞ」など幾多の名言を残した吉本隆明(1924~2012年)は、戦後思想界の巨人というより、会うと粋な評論家だった。戦争中に沈黙した知識人への失望を胸に刻み、いかに情況(じょうきょう)が困難でも、自分は表現者として常に考えを素直に語ると決めた姿勢は何よりカッコよかった。そして宣言通り、たとえその発言が炎上し、孤立することがあっても、晩年まで姿勢がブレることはなかった。
本書はその人が家で見せる等身大の姿を、漫画家の長女がここまで書くのか!というほど率直につづった追想録で、次女吉本ばななさんとの対談も収録する。
腕時計は持たず、靴はツブレるまで履くという物欲のなさ、妻を激怒させた際、丸坊主になって小さな小さなダイヤモンドを贈ったこと。そして最晩年の「ボケるんです!」という姿まで。困難な情況になってからの姿も伝える文章を読み、「自己評価より低い評価を歓迎する」と語っていた吉本さんの声と表情を思い出した。さすが“隆明の子だもの”というべきか。親と子の精神のリレーを感じた。(晶文社、1870円)