生成AIで書いた作品が受賞? と言葉が一人歩きした芥川賞受賞作
[レビュアー] 大森望(翻訳家・評論家)
去年の10月、中国・成都で開かれた世界SF大会に行ってきた。会場は、ザハ・ハディド・アーキテクツが設計した新築の「成都SF館」。曲線を多用した、いかにもSF的なデザインの建築だ。それを眺めながら、もし外苑の新国立競技場がザハの設計どおり建っていたら……とつい夢想したわけですが、九段理江の芥川賞受賞作『東京都同情塔』は、まさしくその世界線の東京が舞台。
建築家の“私”こと牧名沙羅は、新宿御苑に新たに建設される塔のコンペに参加することになり、ザハ版国立競技場へのアンサーとなるような建築を夢想する。この塔は、社会学者にして幸福学者のマサキ・セトが提唱するコンセプトのもとに構想された、まったく新しいかたちの超高層刑務所。作中に出てくる生成AI「AI-built」の説明によれば、セトは、犯罪者や受刑者を、ホモ・ミゼラビリス、すなわち“同情されるべき人々”と再定義し、“誰一人取り残さない”社会を実現するための新たな施設を提唱したらしい。
有識者による会議を経て決定した名前は、シンパシータワートーキョー。沙羅はこのネーミングが耐えられず、年下の恋人・拓人(=僕)が思いつきで口にした“東京都同情塔”という呼び名を絶賛する。
ポリコレ的なあれこれに対する批評のようにも見えるが、小説のテーマはコトバそのもの。受賞会見で著者が述べた、「全体の5%くらいは生成AIの文章」という言葉が一人歩きしたが、べつだんAIに小説を書かせたわけではなく(だとしたらそのほうが凄い)、作中の架空AIの“口調”をリアルにするために本物の力を借りたということだろう。その意味では、清水義範のパスティーシュ小説の純文学版とも言える。
ところで、人間のことも歩く建築と見なしている沙羅が、建築として限りなく完璧に近いフォルムを持つ拓人を街で偶然見かけてナンパする場面が超絶かっこよくて最高です。