「まっとう」を否定するグローバリズムとの闘い

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闘うもやし 食のグローバリズムに敢然と立ち向かうある生産者の奮闘記

『闘うもやし 食のグローバリズムに敢然と立ち向かうある生産者の奮闘記』

著者
飯塚 雅俊 [著]
出版社
講談社
ジャンル
社会科学/社会
ISBN
9784062202053
発売日
2016/12/01
価格
1,540円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

「まっとう」を否定するグローバリズムとの闘い

[レビュアー] 鈴木裕也(ライター)

「いい商品をつくっていれば、いずれ客は戻ってくる」

 そう信じて、昔ながらの栽培法で、手間はかかるが質の高い美味しいもやしを生産し続けてきた一家が苦境に追い込まれていく。大手企業が安くて均質の大量生産品のもやしを販売し始めたからだ。本書は、ついに一億二〇〇〇万円もの負債を抱えて病に倒れた父親の跡を継いだもやし栽培業「飯塚商店」二代目社長が書き下ろした、食のグローバル化と闘い続けた一四年間の記録である。

 飯塚商店のもやしと大量生産品のもやしの違いは明白だ。まず原料が違う。昔ながらのミャンマー産ブラックマッペを使用する飯塚商店と中国産緑豆太もやし。もちろん味も風味も違う。外見も大いに異なる。黄色く細長く根や豆殻もそのままの飯塚商店に対し、大量生産品は白く太く、根はカットされている。そして栽培方法。午前一時に起床して重労働の末、出荷・仕込みを行い、絶え間ない水遣りなど寝る間もないほど手間をかける飯塚商店と、機械や肥料、もやしを太くするエチレンガスをふんだんに用いられる大量生産品。生産性や競争力を考えたら、味や製法にこだわる非効率的な飯塚商店のもやしが、安さばかりを重視する市場から消えていくのは当たり前だろう。

 二代目社長に就任して六年、ついに倒産直前まで追い込まれた著者が逆襲に出るのは二〇〇八年。防戦一方だったこれまでの経営方針を一変させ、店頭販売によるPRを積極的に行い始める。スーパーや小売店にもやしを卸していたBtoBビジネスを、直接消費者に訴えるBtoCに転換したのだ。ホームページをつくり、ブログを書き、絵本まで作って消費者に発信し始める。それらの活動に共感し合える仲間との出会いを生み出し、役所や地域も動き始める。自分の信じたもやしを売るために闘う姿が綴られるくだりは、いま流行のベンチャー起業家の成功譚よりもずっとドラマチックだ。何より飯塚商店のもやしを食べたくなる。

 この闘いの記録は、もやし業界だけの「対岸の火事」ではない。“シャッター商店街化”した地方都市はもちろん、チェーン店ばかりの都市部商店街で「まっとうな商売」をしていた中小零細企業すべてが直面した新自由主義経済との闘いでもある。真面目に働いてもなかなか豊かさに結び付けられないフリーライターの私にも大いに共感できる闘いだ。

 冒頭部の「はじめに」では本書が出版に至るまでの経緯が紹介されている。採算や利益が優先される編集会議で拒否され続けること四年余、手を替え品を替え本書の企画を提出し続けてゴーサインを勝ち取った編集者の執念には頭が下がる思いがした。ああ、自分ももっと闘わなければいけない。そんな勇気を与えてくれる本である。

新潮社 新潮45
2017年4月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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