出版中止騒動で話題の作家・津原泰水のおすすめ文庫3選

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  • ヒッキーヒッキーシェイク
  • 11 eleven
  • ルピナス探偵団の当惑
  • ルピナス探偵団の憂愁

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“出版中止”の話題作、版元を変えて文庫化

[レビュアー] 瀧井朝世(ライター)

 某ベストセラー本の批判をしたら、その版元から出す予定だった文庫が出版中止になった――そう作家がSNSで明かしたところ版元社長が反応、その際に作家の実売部数を(揶揄するニュアンスで)公表したことが炎上、社長は謝罪……という騒動で注目された件の文庫、津原泰水ヒッキーヒッキーシェイク』が別の出版社から発売された。騒動の議論のポイントは多々あるが、とにかく、そんなゴタゴタで誰かにとって大切な一冊となりうる本が出版中止になってほしくない。

 飄々として胡散臭い男、竺原丈吉の職業は引きこもり相手のカウンセラー。彼はネット上で四人の引きこもりを引き合わせ、あるプロジェクトを開始する。目指すのは「人間創り」。はたしてその真の目的は?

 スピーディーな展開の中で、個々人の事情や生きづらさも浮かび上がらせるが、湿っぽくならずにカラリと仕立て上げて爽快かつ痛快。一人一人は孤独でも、誰かの何かが誰かの背中を押すことはできる。

 津原泰水といえば幅広い作風を持つ。それがよく分かるのが短篇集『11 eleven』(河出文庫)だ。SF、ホラー、純文学、ファンタジーなど多彩な読み心地の十一の物語が詰まっている。ツイッターのユーザーが自由に投票できるTwitter文学賞の第二回国内編で第一位を獲得した一冊でもある。冒頭の「五色の舟」は生まれつき両腕のない少年が語り手で、家族のように暮らす見世物一座の五人が、半人半牛の「くだん」に会いにいこうとする場面から始まり、思いもよらない景色を見せてくれる。そのほかもマジカルな作品が並ぶ傑作だ。

 著者の作品で個人的に好きなのは『ルピナス探偵団の当惑』(創元推理文庫)。かつて津原やすみ名義で執筆した少女小説二篇を改稿、書下ろしを一篇加えたミステリシリーズ。私立ルピナス学園高等部に通う吾魚彩子が、仲間や刑事の姉とともに、密室殺人をはじめ不可解な事件の解決に挑む。とぼけた会話がなんとも楽しく、推理場面がどれも鮮やか。続篇『ルピナス探偵団の憂愁』(同)もおすすめ。

新潮社 週刊新潮
2019年6月13日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

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