構成の上手さが光る戦後喜劇の世界が堪能できる評伝

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何はなくとも三木のり平

『何はなくとも三木のり平』

著者
戸田学 [編]/小林のり一 [著]
出版社
青土社
ISBN
9784791773084
発売日
2020/09/23
価格
2,860円(税込)

構成の上手さが光る戦後喜劇の世界が堪能できる評伝

[レビュアー] 立川談四楼(落語家)

 死して20年余り、三木のり平の待望の評伝が出ました。ズッシリと重い420頁を超える大部ですが、引き込まれスイスイと読めます。

 途中で構成の上手さに気づかされます。父を語るのり一氏に押しつけがましさがありません。出ず引っ込まず、それでいてのり平への敬意と愛を感じるのです。

 膨大な資料に支えられてもいます。読者はそれによって観てもいない公演を思い浮かべることができるのです。噂に聞く『雲の上団五郎一座』などは、眼前に八波むと志とのり平の丁々発止のやりとりが見え、場内のうねるような笑いまでが聞こえてくるのです。

 共演者や関係者の証言も生きています。演技者として、演出家として、普段はどういう人かを含め、数々の証言が披露され、気がつけば重層的な三木のり平像がクッキリと浮かび上がっているのです。

 八波むと志とのり平は名コンビと言われましたが、八波は交通事故で早逝します。子どもの頃から楽屋で過ごしていた著者は事故の当日八波からお年玉をもらい、化粧台に書かれた森繁久彌の文字を目にします。実は八波と森繁の間にはトラブルがあり、八波の死後に書かれた森繁の文章にはトラブルの経緯と化粧台の文字の謎が書かれていて、胸にジンとくるものがあります。

 菊田一夫亡き後に演出した舞台の一つに森光子主演の『放浪記』がありますが、この辺りも読み応え十分です。森は長く「のり様は、私のこと、嫌いなんだと思ってた」のですが、のり平の死後に判明した意外な事実に読者は驚き、いや人生の妙だなあと感じ入ることでしょう。

 のり平の真骨頂であった舞台に重きを置き、映画には駆け足で触れるのみです。しかし桃屋のCMには筆を割いていて、サービスかと思ったらなるほどという展開なのです。読書の秋です。テレビを消して戦後の喜劇の世界を存分に堪能しましょう。

新潮社 週刊新潮
2020年10月15日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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