棺は主役になったか――『或るギリシア棺の謎』著者新刊エッセイ 柄刀一

エッセイ

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或るギリシア棺の謎

『或るギリシア棺の謎』

著者
柄刀一 [著]
出版社
光文社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784334913861
発売日
2021/02/25
価格
2,200円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

棺(ひつぎ)は主役になったか 柄刀一

[レビュアー] 柄刀一

 南美希風(みなみみきかぜ)という探偵役で書かせてもらっている〈国名シリーズ〉の第二弾で、シリーズ中恐らく唯一の長編になるのではないでしょうか。大作です。

 第一弾の短編集を未読でも問題なく読み始められます。

 それにしても、ミステリーは、一番の読みどころをお伝えできないのがもどかしいですね。全体構造ではなく、大団円では現実世界の犯罪シーンでもよくある常識的な光景に衝撃を与える、とだけ言っておきます。

 本格ミステリーのジャンルでは昨今、“特殊設定”が組み込まれた、あるいはそれと一体化したストーリーが目を引くようになっています。主役たちが超現実的な能力を有していたり、ゾンビが登場したり、天使や呪いが存在したり。並行世界も想起させるSF的な仮構とも言えますから、これらの話からは未来的な印象も受けます。しかし『或(あ)るギリシア棺(ひつぎ)の謎』は、現実感を保ったままで過去への方向性を持つ“特殊設定”と、あえて言えないこともありません。なにが特殊かというと、カナ文字タイプライターです。

 この種のタイプは、日本では一般的ではないでしょう。少なくとも私のイメージでは、広く活用されたのは過去の一時期で、扱える人も特殊です。それが本作では、連続殺人を示唆する声明文に使われたりと、重要な役割を果たします。その品ならではの手掛かりがあり、時には妖しい効果も放つ。本邦ではあまりお目にかかったことのないタイプライター長編ミステリーになっていると思います。

 しかしそこに主役の座を渡さず、棺も謎の中心にあって人々の運命を掻(か)き回しているかどうか。なぜ、殺意の対象になるとも思えない者たちが殺されるのか? なぜ、容疑者は限られているのに犯人を絞り込めないのか? さて、物言わぬ遺体に代わり、棺は答えを語ることができたのか。

光文社 小説宝石
2021年3月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

光文社

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