【聞きたい。】貫井徳郎さん 『悪の芽』 想像力の欠如が生んだもの

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悪の芽

『悪の芽』

著者
貫井 徳郎 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784041099674
発売日
2021/02/26
価格
1,925円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

【聞きたい。】貫井徳郎さん 『悪の芽』 想像力の欠如が生んだもの

[文] 油原聡子

 世間を震撼(しんかん)させた無差別大量殺人事件の犯人・斎木。主人公の安達は小学生のころ、斎木がいじめに遭うきっかけを作っていた。罪悪感から安達は事件の真相を求めるが-。

 「自分が過去に犯した罪によって苦しみ、成長する個人の話を書こうと思ったんです」と明かす。安達が斎木を敵視した理由は子供ならではのささいなことだ。そこからいじめに発展するとは思いもしなかった。「想像力の欠如」が物語を貫く大きなテーマだ。

 過去をたどる中で安達は、社会が抱える問題や偏見にぶつかる。中年になってもバイト生活だった斎木に対し同僚の男性は、「努力がまったく実を結ばないほど、ひどい社会じゃない」と自己責任論をかざし、事件の動画を撮影した大学生は、斎木の思い人の情報をネットでさらして注目されようとする。自分は正しいという思いにとらわれた人は、珍しくない。そうして安達は、自分のかつての行為が露見したら、「世間の正義感にあふれた人々に追い詰められるだろう」と心を病んでいく。

 「悪の芽は斎木の心の中だけではなく、われわれの心の中にもある。自分が見えている部分が一部でしかないと気づけたら、もうすこし想像力を働かせることができるようになるのではないでしょうか」

 一方、復讐(ふくしゅう)を思いとどまった被害者遺族など、人との関わりが救いとなり、道を踏み外さなかった人も登場する。そして、斎木の絶望を知った上で、安達が葛藤の末に得た結論は救いがあった。

 「最低最悪の社会で生きているわけではない。嫌な雰囲気もあるけれど、それをダメだと感じる人もいる。善の芽を育てるには、悪の芽が社会にはある、と気づくことから始まるのではないでしょうか」

 自分の言葉の先を思い描けているか。読者に問いが突き付けられている。(KADOKAWA・1925円)

 油原聡子

   ◇

【プロフィル】貫井徳郎

 ぬくい・とくろう 昭和43年、東京都生まれ。平成22年、『乱反射』で日本推理作家協会賞長編及び連作短編集部門受賞、同年、『後悔と真実の色』で山本周五郎賞。

産経新聞
2021年4月18日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

産経新聞社

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