思い出も捨てるようで…深夜に息子のおもちゃを処分した父親が語る、切なくて愛しい「トイ・ストーリー」

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深夜に処分した青いダンプトラック

 ちんたんに初めて買った玩具は、青いダンプトラックだった。

 ティッシュ箱ほどの大きさがあり、荷台がゼンマイで上下する仕掛けつき。作り込まれたディテールと、ちょっとやそっとでは壊れなそうな頑丈さ。仕事帰りに玩具屋で見かけて「これだ!」と思い、記念日でも何でもないのに買って帰ったのを覚えている。

 可愛らしい包装の袋を渡されて、まだ一歳だったちんたんはきょとんとしていた。だが箱を開けてもらい、ダンプトラックが出てくると、表情ががらりと変わった。

 きりっとしたのである。

 そしてダンプトラックを掴み、「ぶーっ、ぶーっ」と床を走らせ始めた。こうしなければ、という強い意思を感じさせる目だった。

 買って良かった。そう思わせる愛用ぶりが続いた。

 とりあえず何でも荷台に積む。お菓子も、新入りのミニカーも、積み込んで運ぶ。セロテープやシールをあちこちに貼る。サインペンや絵の具で、そこら中大胆に塗る。そして走らせる。ぶつける。落っことす。

 顔を床すれすれにして「ここからだとすごくほんものに見える!」と飽きずに眺めていた日があった。「くるまさんにも食べさせる」と、食卓で一緒に皿を囲んだ日もあった。そうして四年が過ぎた頃、玩具箱を見ると、ぼろぼろになったダンプトラックは底の方に突っ込まれていた。

 子供たちが寝静まった夜、僕はそっとそいつを取り出してみる。

 ゼンマイの仕掛けは動かず、荷台は外れ、ダンパーは接着剤で何とかくっついているだけ。あちこち塗装が剥がれ、フロントガラスは割れていて、運転席には色粘土や、土が詰まっていた。

 僕は呟く。

「この割れたところ、尖っててちょっと危ないな。もう十分役目は果たしてくれたし、そろそろ捨てようか」

 妻も言った。

「いいんじゃない。最近は遊ぶ回数も減ってきたし」

 そっと床に乗せて、押してみる。

 満身創痍でも、ダンプトラックは走った。元気よく、時々軋んだような音を響かせて進んでいき、壁にぶつかって止まった。

 燃えるゴミの袋に入れる。野菜の欠片や果物の皮、紙くずに囲まれて、車体が青くきらりと輝いた。

 こいつを捨ててしまっていいのかな。何だか一緒に、楽しそうに遊んでいたちんたんや、それを見つめていた自分もいなくなってしまうような――そんな迷いを振り払い、ぎゅっと袋の口を閉じる。

 今までありがとう、ダンプトラック。

二宮敦人(作家)
1985年東京都生まれ。2009年に『!』(アルファポリス)でデビュー。フィクション、ノンフィクションの別なく、ユニークな着眼と発想、周到な取材に支えられた数々の作品を紡ぎ出し人気を博す。『最後の秘境 東京藝大 天才たちのカオスな日常』『紳士と淑女のコロシアム 「競技ダンス」へようこそ』『ぼくらは人間修行中―はんぶん人間、はんぶんおさる。―』(ともに新潮社)、『最後の医者は桜を見上げて君を想う』(TOブックス)など著書多数。

二宮敦人(作家)

新潮社 波
2022年9月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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