父親と同世代の男と同棲する16歳の少女を主人公にした新たなゲーム文学 遠野遥『浮遊』試し読み

試し読み

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 手洗いと着替えを済ませてリビングに戻った。テーブルの上には、私宛の包みがあった。今日届くと伝えておいたから、碧くんが受け取ってくれたのだろう。包みを開けると、注文したゲームソフトが入っていた。母親がまだうちにいたときはリビングでよくホラーゲームをしていたから、それを見ていた私もやるようになった。経験はそれなりにあるから、説明書は脇に置いた。わからないことがあったときに読めばいいだろう。

 テレビの電源を入れ、それからゲーム機の電源を入れた。ゲームの音が漏もれないように、イヤホンを耳につけた。碧くんの仕事の邪魔をしてはいけないし、イヤホンで音を聴いたほうがゲームの世界に没頭することができる。碧くんが電話しながら立ち上がり、さりげなく部屋の照明を少し落としてくれる。ゲームをするとき、私が部屋を暗くしたがるのを知っているからだ。

 部屋が暗くなると、ソファの隣に置かれたマネキンの存在感が増した。ワンピースを着た百七十センチ近くある女性のマネキンは、ソファの背もたれに手をかけ、のっぺらぼうの顔で私を見下ろしていた。部屋の中にこれほど大きいマネキンがあるのはもちろん不気味だった。

 このマネキンは、碧くんが数ヶ月前まで付き合っていたアーティストの作品だ。自分の体の寸法を何十箇所も測り、その通りにつくったものだという。もともと展示が終わったあとは碧くんに渡すつもりだったらしい。私は聞いたことがなかったけれど、若手のアーティストとしては有名な人みたいだった。SNSで名前を検索すると、フォロワーが五万人くらいいた。時々モデルの仕事もしているようだった。碧くんより十歳くらい年下で、私より十歳くらい年上の人だ。アーティストとしての名前は別にあるけど、碧くんが紗季(さき)と呼ぶから私も紗季さんと呼んでいた。

 紗季さんは以前ここに住んでいて、私は紗季さんと入れ替わりで碧くんの家へやってきたことになる。碧くんがあまり話したがらないから、私もよく知らないけれど、何かトラブルがあって突然別れることになったらしい。私が来たばかりの頃は、紗季さんの物がまだ残っていた。大体は碧くんが処分したけれど、碧くんも把握していなかった物が、引き出しや戸棚の奥から時々出てきた。私が紗季さんの物を見つけるたびに、碧くんはごめんねと言ってすぐに捨てた。最後に残ったのがこのマネキンだ。

 マネキンは他の物と違って作品だから、処分するには一応向こうに許可をもらわないといけないと碧くんは言った。でも紗季さんとは別れて以来連絡がとれず、捨てるにしても細かく切断しないといけなくて、それも大変だという。それにインテリアとしては気に入っているというから、それ以上強くは言えなかった。ここはもともと碧くんの家だし、私は家賃や光熱水費を一円も払っていない。

河出書房新社 文藝
2023年2月21日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

河出書房新社

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