『ヒッタイト帝国』津本英利著
[レビュアー] 小池寿子(美術史家・国学院大教授)
紀元前1600~1200年頃、古代オリエント世界に君臨したヒッタイトは現トルコ中央高地を支配し早くから鉄器を使用。当時最強のラメセス2世率いるエジプトとシリアのカデシュで戦い、世界最古の和平条約を結んだ。とはいえ知られるのはごく僅(わず)か。そもそも本当に鉄器と軽戦車を駆使し剛勇を誇ったのか。
本書は、最新の考古学研究成果にもとづいて実像に迫る唯一の一般書だ。母なる土地を意味するアナトリアの鉱物資源を求めて移住した彼らは、多くの古代民族のように天災を防ぐべく神を崇(あが)め、統治者は「パンを食べ、水を飲み、臣下の言葉をよく聞いて慈悲深く治めよ」と語ったという。
ホメロスらの叙事詩成立前夜、「海の民」の侵攻はエジプトをも苦しめ、東地中海の暗黒時代を招来する。この説には異論があるが、ヒッタイト滅亡がドミノ倒し的に地中海世界崩壊をもたらしたともされる。黄金時代、白銀ついで青銅時代を経て、人間は堕落し争いが絶えない鉄の時代にある、と語るギリシア神話をひもとくと、今は何の時代なのかと問わずにいられない。(PHP新書、1265円)