天涯孤独で不運な人生を歩んできた16歳の少女が人助けで活躍 時代小説「出直し神社たね銭貸し」シリーズの読みどころ

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そなたの母 出直し神社たね銭貸し

『そなたの母 出直し神社たね銭貸し』

著者
櫻部由美子 [著]
出版社
角川春樹事務所
ISBN
9784758446273
発売日
2024/04/15
価格
836円(税込)

櫻部由美子の世界

[レビュアー] 細谷正充(文芸評論家)

 ヒロインのまっすぐな成長を描くさまが心地よい時代小説『そなたの母 出直し神社たね銭貸し』が刊行された。

 人生をやり直したい人にこそ心にしみる本作の作者・櫻部由美子の類まれな魅力とは?

 ***

 水を得た魚ならぬ、水を得た作家というべきか。「出直し神社たね銭貸し」シリーズを執筆している櫻部由美子のことである。周知のように作者は、二〇一五年、童話『シンデレラ』の世界をベースにしたユニークなファンタジー『シンデレラの告白』で、第七回角川春樹小説賞を受賞してデビュー。続く第二長篇『フェルメールの街』は、十七世紀のオランダを舞台に、画家のフェルメールや顕微鏡の父といわれるレーウェンフックが活躍する、ミステリー・タッチのストーリーだった。デビュー作もミステリー味があり、これから西洋ミステリーを書いていくのかと思った。ところが三冊目の『ひゃくめ はり医者安眠 夢草紙』で、時代小説に乗り出す。ずいぶん思い切った方向転換だと、ちょっと驚いたものだ。

 しかし時代小説の水は、作者に合ったのだろう。『ひゃくめ』もよかったが、四冊目となる『くら姫 出直し神社たね銭貸し』で、見事に時代小説家としての才能を開花させた。作品の面白さに気づいた人も多く、二〇二一年、第十回日本歴史時代作家協会賞文庫書き下ろし新人賞を受賞。また、すぐにシリーズ化された。本書『そなたの母 出直し神社たね銭貸し』は、その第五弾である。

 内容に触れる前に、シリーズのアウトラインを記しておこう。主人公のおけいは、天涯孤独な少女。十六歳の若さで、不運な人生を歩んでいた。だが閑古鳥により、貧乏神を祀っている下谷の〈出直し神社〉に導かれたことで、彼女の境遇は変わる。神社を守る〈うしろ戸の婆〉と呼ばれる老女は、人生を仕切り直したいという人たちに、縁起のよい〈たね銭〉を授けていた。ただし金額は貧乏神しだいである。〈うしろ戸の婆〉に見込まれたおけいは、古蔵を使ったお茶屋〈くら姫〉を再建したいと神社にやってきたお妙という女主人の手助けをすることになるのだった。

 シリーズの第一弾は、茶屋のリニューアル・オープンを中心にして、働き者で知恵もあるヒロインの魅力を、読者に楽しく伝えてくれた。全三話で構成されているが、話が進むにつれ、ストーリーのラインが増えていく。ここが本シリーズの特徴になっている。また、ミステリーとファンタジーの要素が盛り込まれているのも、注目すべきだろう。

 以上のポイントを踏まえて、本書を見てみたい。いつものように三話が収録されている。冒頭の「たまご売りのらほちへ」は、貧乏神のお使いで、常人には見えない閑古鳥・閑九郎のいたずらにより、たまご売りの“らほち”が〈出直し神社〉にやって来る。螺髪頭(天然パーマ)であることから“らほち”という名になったが本名ではない。二十年前、江戸が高潮に襲われ、幼い彼は松浦の小さな浜で発見される。しかし記憶を失っており、助けてくれた老婆に育てられる。その後、老婆が亡くなると、両親を捜すために江戸に出てきたのだ。そんな“らほち”に〈うしろ戸の婆〉は〈たね銭〉を与えるのだった。

 一方で閑九郎が“らほち”がたまごを仕入れている、たまご問屋〈とりの子屋〉にちょっかいを出していることが判明。おけいが〈とりの子屋〉に派遣される。

以後、“らほち”の母親が二人現れた騒動、なぜかニワトリの被り物をしている〈とりの子屋〉の主人の女房や、見習い女中に関する疑問などに、おけいが関わっていく。その顛末は、読んでのお楽しみ。すべての謎が解かれるわけではなく、次の話へと興味を繋ぐのが櫻部流だ。

 第二話「待ちぼうけの娘たちへ」は、知り合いの双子の兄妹の恋愛騒動に、おけいが振り回される。彼女が憎からず思っている、南町奉行所定町廻り同心の依田丑之助も加わり、人間関係は実に複雑。さらに双子の家は団子屋なのだが、兄が発案した団子祭りまで始まり、ストーリーが賑やかに進行する。おけいも知恵者の片鱗を見せ、愉快な気持ちで読んでしまうのだ。

 そして第三話「面をかぶった母へ」で、ミステリーのテイストが強まる。いろいろあって丑之助の家に派遣されたおけいは、彼の母親で双子を嫌うお銀のもとで働く。また、付き合いのある〈くら姫〉関係にも関わったことから、第一話の未解決の謎も解かれることになる。予想以上に張られた伏線に感心し、終盤の相次ぐ意外性に茫然となる。伏線とはちょっと違うのだが、前の方に出てきた「鶏鳴狗盗」の故事が、こんな風に活用されるとは思わなかった。複数のストーリー・ラインを組み合わせ、物語を構築する作者の手腕が絶妙なのだ。

 そうそう、〈うしろ戸の婆〉が、各話で与える〈たね銭〉の扱いも見事。特に第一話の使い方には感心した。第三話の〈たね銭〉の出し方も粋である。細部までよく考えられているのだ。

 しかも、どの話も後味がいい。常に一生懸命に働くおけいの、まっすぐな成長も心地よい。詳しく触れる余地がなくなったが、巻を重ねるごとにおけいの知り合いが増え、彼女の世間が広がっていく。本書の双子たちもそうだが、以前の話で登場した人物が、重要な役割を担って再登場することもある。だからシリーズ物としての魅力も、一冊ごとに増しているのだ。おそらく櫻部由美子の代表作となる本シリーズ、いつまでも続いてほしいものである。

角川春樹事務所 ランティエ
2024年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

角川春樹事務所

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