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中江有里「私が選んだベスト5」 夏休みお薦めガイド
[レビュアー] 中江有里(女優・作家)
桜木紫乃『裸の華』の主人公は元ストリッパーのノリカ。故郷の札幌でダンスショーの店を開くことに。そこにダンサー志望の二人の女性があらわれた。「踊り子」たちのストイックな精神と肉体が熱く迫ってくる。ダンスという形に残らない芸術はまさに華。瞬間に咲く情熱の華は、観る者を魅了する。
平野啓一郎『マチネの終わりに』は大人の恋愛小説。クラシックギタリスト蒔野聡史とジャーナリスト小峰洋子の恋愛の軌跡を綴る。不安定な世界情勢、芸術家のスランプ、思いがけない横やり……。様々な出来事が絡み合い、二人は引き裂かれていく。本書の肝は蒔野と洋子がお互いを必要とし、存在の重要性を確認していく時間にあると感じる。ラストシーンの美しさは、本を閉じたあとも時折心に浮かんでくるほどだ。
デビューから注目している奥田亜希子『ファミリー・レス』は、家族のようで家族でない人々の交わりを描いた短編集。飼い犬が語り手の「アオシは世界を選べない」は、その視点と意外な展開が面白い。犬が飼い主を選べないように、人もまた生まれる家族を選べない。婚姻相手は選べるけれど、相手の家族がどんな人かはわからない。そこに生まれるドラマを掬い取る著者の手腕に脱帽。
大西康之『ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正』は見事な着想力と大胆な行動力でシャープを大企業へと導いた男の評伝。現状に甘んじず、挑戦を続けることは、どんな仕事にも通ずる勝ち方だろう。
復刊された夏目伸六『父・夏目漱石』は漱石の次男が語る文豪の素顔。癇癪持ちの父に親しみを持てなかった息子が父の記憶を振り返る。過去は変えられないが、過去と向かい合う時間が、父への解釈を深めていく。名随筆である。