[本の森 SF・ファンタジー]『人ノ町』詠坂雄二/『わすれて、わすれて』清水杜氏彦

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人ノ町

『人ノ町』

著者
詠坂 雄二 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103503316
発売日
2016/09/21
価格
1,650円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

わすれて、わすれて

『わすれて、わすれて』

著者
清水 杜氏彦 [著]
出版社
早川書房
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784152096395
発売日
2016/09/21
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『人ノ町』詠坂雄二/『わすれて、わすれて』清水杜氏彦

[レビュアー] 石井千湖(書評家)

 常に風が吹いている町、犬があふれている町、太陽のため成立した町……奇妙な風景に惹きつけられる。詠坂雄二人ノ町』(新潮社)は、性別以外素性のわからない旅人が、いつどことも知れない町をさまよう。幻想的な土地のエピソードが連なっているところはイタロ・カルヴィーノの『見えない都市』を彷彿とさせる。主人公が旅しているのはどんな世界なのか。推理しながら読むのが愉しい。

 まず、手がかりになるのは、第一話の「風ノ町」に登場するフェンライだ。風を動力にして砂浜を歩く生き物のような造形物。おそらくオランダのアーティスト、テオ・ヤンセンが創った「ストランドビースト」と呼ばれる人工生物がモデルだろう。フェンライを監督する技術者は〈大昔に異国の芸術家が考案したもの〉と言っているから、今の日本と地続きにある未来かもしれない。しかし文明的には後退しているようだ。人々はそれぞれの町で異なるものを信仰していて、やがて事件が起こり、少しずつ世界の輪郭があらわになっていく。

 第四話の「石ノ町」で、旅人の存在の根幹に関わる秘密が明らかになるくだりには戦慄した。最終話の「王ノ町」にたどり着いたとき、なぜ終末を描いた物語の多くで人は旅をするのかという問いに対するひとつの答えが見出される。共同体とは何かということも考えずにはいられない。

 清水杜氏彦の『わすれて、わすれて』(早川書房)も終末的な世界を舞台にしたロードノベルだ。体制崩壊後、暴力がはびこる国で、有名な銃の使い手でありながら強盗に家族を殺されたリリイは、友人のカレンの復讐に協力することになる。カレンの父親もまた、財産と命を奪われていた。国の各地に散らばっている犯人たちを探すため、ふたりの少女は〈ハリケーン〉という名の大型バイクに乗って旅立つ。

 前作の『うそつき、うそつき』には国民を管理する首輪型嘘発見器が出てきたが、本書にも強力なガジェットが登場する。カレンの家に代々伝わる魔法の本〈ダイアリー〉だ。記述したことだけを忘れることができるダイアリーを用いて、カレンは自分たちの痕跡を残さずに、完璧な復讐を成し遂げようとするが……。

 物腰は丁寧だけれど平気で拷問もやってのけるカレンと、家族の死がトラウマとなって〈人殺しなんてもうまっぴら〉と言うリリイ。対照的なふたりは、お互いを大切に想いながら衝突する。少女たちの冒険が行き着くところは切ない。

 特定の出来事を忘れられるとしたら、記憶は人間にとってどんな意味を持つのか。〈わたしたちはつながりのむこうをわすれながら生きてるんですね〉という言葉が身にしみる。彼女たちの旅を自分の思い出のようにおぼえておきたくなる物語だ。

新潮社 小説新潮
2016年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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