知られざる皇室外交――お人柄報道では見えない「皇室外交」への新しい視線

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知られざる皇室外交

『知られざる皇室外交』

著者
西川 恵 [著]
出版社
KADOKAWA
ジャンル
社会科学/政治-含む国防軍事
ISBN
9784040820873
発売日
2016/10/10
価格
880円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

お人柄報道では見えない皇室外交への新しい視線

[レビュアー] 松平盟子(歌人)

 今年八月、陛下の「おことば」によって私たち日本人は一様に大きな驚きを感じた。高齢を理由に生前退位の意向をにじませる肉声は、考え抜かれた内面の吐露であったからだ。それは陛下もまた私たちと同じ悩める一人の人間であることを明らかにし、同時に象徴という立場にある困難がどのようなものであるかを突きつけた。

 天皇、皇后両陛下を中心とする皇室を私たちはこれまで充分に理解していたのか。一般人が報道によって知りうる皇室のイメージはあまりに表層的ではなかったか。

 ましてや報じられる皇室外交はかなり断片的と言わざるをえない。「宮殿で天皇が○○国の元首と会見された」「晩餐会でおことばを述べられた」……。時には歴史問題に対するおことばだけが注目され、それ以外を私たちが知る機会はほとんどない。

 この意味で本書のアプローチは極めてユニークだ。日本と外国の政府、外交、その他の関係者の証言や第一次情報を丹念に集めていることをまず挙げたい。もちろんこれまでの先行研究は踏まえている。

 その上で皇室外交の襞に分け入り、両陛下の行動とおことば、外国要人の反応などを具体的に辿っている。ジャーナリストならではの細やかなアプローチによって皇室外交が浮き彫りにされ、新しい光がそこに当てられた。

 著者は言う。日本では両陛下の外国訪問が載るのは主に社会面で、その内容も「お人柄」報道に多くが割かれる。しかし外国は天皇陛下を日本の元首として迎え、そこに日本の意思を見ようとする。政治、外交の脈絡が常にその背景にあるのだ。

 しかし日本ではどうか。皇室は政治と無関係という建前に長く縛られてきた。あえて政治的、外交的側面に触れるのを避けているようにさえ見える。けれども、いま改めて皇室外交が日本外交とどのような関係にあるのか、国益にどれほどプラスになっているのかを、もっと踏み込んで考える時期に来ているのではないか――。

 本書ではオランダ、英国を例にとる。いずれも先の大戦で日本が多くの捕虜を扱い、強制労働や不当な虐待をしたとの理由で戦後におよんでも深い傷を残していたからだ。反日感情の解消は困難と思われた。しかし日本側の感度は鈍かった。たとえば一九七一年に昭和天皇が国賓として英国を訪問した際にも、日本の新聞は「青年時代に大きな影響を受けた欧州各国を再訪する〝センチメンタルジャーニー〟」と位置づけた。「戦争体験者の反日感情に対する目配りはなかった」からである。陛下とエリザベス女王とのスピーチは食い違い「戦争にいささかも触れなかった昭和天皇」に英国では批判が起こる。こうしたことを契機に皇室外交の重要性はようやく日本政府、メディアに認識された、と著者は言う。

 現在の両陛下になり皇室外交はさらに意味を重くしている。日本と英蘭の関係についても、回復と前進への努力が果たされてここに至った。両陛下の訪問によって自然と関係が良くなったわけではなく、何年も前から外交関係者、王室・皇室関係者が「ノドに刺さった骨」を抜く地道な準備をして実現させたのである。もし失敗すればそれは両国世論に跳ね返り、両国民の相手国に対する不信感、反発を招くばかりか、結果として両陛下の訪問は逆効果になるからだ。近年のサイパン、パラオ、フィリピンへの「慰霊の旅」はその延長にあって果たされた。

 強く興味を引かれるのは、両陛下の短歌が数多く紹介されていることだろう。本書の特徴はここに極まる。両陛下が世界の動きや出来事にいかに敏感に反応し、直接間接の表現で思いを託したか。読者はお二人の思いの深さ柔らかさを汲み取ることができるのだ。

 皇室外交を内外の眼差しのバランスの中で捉える。より大きな政治、外交の構図のうちに位置づける。その面白さとダイナミズムを教えてくれる著書である。

 ◇角川新書◇

KADOKAWA 本の旅人
2016年11月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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