あひる 今村夏子 著
[レビュアー] 石井千湖(書評家)
◆静謐に寂しさを描く
のりたまと呼ばれるあひるが「わたし」の家にやってきて、近所の子供たちが毎日のように遊びにくる。芥川賞候補になった表題作は一見ほほえましい話だが、読み進めるうちに違和感が募っていく。ほとんど部屋から出ずにあひるを観察している「わたし」、よその子を熱心にもてなす父と母。のりたまの体調がおかしくなっても祈るだけの彼らが、だんだん恐ろしくなってくるのだ。
親にさえ存在を顧みられることのない「わたし」は、やがて飽きられ、ぞんざいに扱われるのりたまに寄り添う。最後にのりたまの体を洗ってやる場面は痛切だ。「わたし」の生活や家族の関係を知ったときに多くの人が思い浮かべる単語を今村夏子は決して使わない。集団のなかで仲間はずれになりがちなものにレッテルを張らず、静謐(せいひつ)な文章でただありのままのさびしさを描く。
みのりという少女と血のつながらない祖母の交流を綴(つづ)った「おばあちゃんの家」、小学生モリオの日常を切り取った「森の兄妹」もそうだ。ひとりごとをしゃべり、食欲が著しく旺盛になったおばあちゃんの様子にも、友達にマンガを貸してもらえないモリオの状況にも名前はつかない。型にはめないことによって、ふだんは目に見えないものが生々しく視界に映り込んでくる。たった百四十ページで世界の見方が一変する本だ。
(書肆侃侃房 ・ 1404円)
<いまむら・なつこ> 1980年生まれ。小説家。著書『こちらあみ子』。
◆もう1冊
『文学ムック たべるのがおそい(2)』(書肆侃侃房(しょしかんかんぼう))。創刊号に今村夏子が表題作を発表して話題に。2号は共作特集。