『アウトサイダー 陰謀の中の人生』
- 著者
- フレデリック・フォーサイス [著]/黒原 敏行 [訳]
- 出版社
- KADOKAWA
- ジャンル
- 文学/外国文学、その他
- ISBN
- 9784041049235
- 発売日
- 2016/12/28
- 価格
- 2,200円(税込)
書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます
自らが行動することで、国際政治の光と影を追い続けた作家の矜恃
[レビュアー] 真山仁(小説家)
A rolling stone gathers no moss——
転石苔を生ぜず——ということわざがある。面白いことに、英国と米国で、まったく正反対の意味で解釈されている。
英国では、職業や住まいを転々と変える人は成功できないという戒めの言葉として使われる。一方米国では、一所にとどまらず、いつも活発に動き回っている奴は才能を錆び付かせないという意味だという。
フレデリック・フォーサイスは、両方の意味を体現してきた。
戦闘機乗りに憧れたフォーサイスは十代から一人旅を続け、世界を飛び回る特派員となり、さらに自らが信じる正義のために社を飛び出してフリーランスになった挙げ句、小説家に辿り着いた——。
まさにローリングストーンを地で行くフォーサイスは、幸運にも恵まれ(彼の強運には、強い嫉妬心を感じずにはいられない!)、どこに転がり着いても成功を収めてきた。
そんなフォーサイスの自伝は、彼の小説に匹敵するほど波乱万丈で痛快だ。
人生日々冒険と言わんばかりに世界中を飛び回り、アバンチュールもあり、しかも誰もがうらやむような成功と金を手にしながらそれに執着せず、常に少年のように「痛快に生きること」を忘れない。
なんだ、これは。人生、楽しすぎだろ!
こう書くと、プラスの意味を持つ米国的な解釈が、彼にぴったりに見える。
しかし、並はずれた幸運を引き寄せる男でも、厳しい現実に悩まされるのだ。彼はいつもカネに困っている。私が二〇一一年にロンドンで取材した時にも「小説を書く衝動は一つしかないさ。それはマネーだよ」と苦笑していた。
自伝の中でも、お金に苦労した話に事欠かない。そういう意味では、定職に就いてマイホームを構えて真面目に生きよ——という英国風の戒めを彼に聞かせたくもなる。
ともかくフォーサイスの生き様は一筋縄ではいかないのだ。こんな人生が送れたら、きっと最高だ——。その痛快さを、本書でたっぷり味わってほしい。
そして本書が単なる冒険人生譚にとどまらないのは、ジャーナリスト・フォーサイスの矜持という太い背骨が通っているからだ。世界政治が不安期に入った現代において、政治家の責任、ジャーナリズムの使命についての厳しい言及は、老兵としての最後の恫喝にも聞こえる。
中でも、『ジャッカルの日』、『オデッサ・ファイル』で稼いだ資金の全てを投入して、本気でクーデターを起こそうとまで考えたという噂があるほど入れ込んだナイジェリアからのビアフラの独立運動について、本書ではそれまでの軽快な語り口をかなぐり捨てて怒っている。四十年以上前の内戦を、今まさにそこで起きているような臨場感で詳述し、当時の英国政府の大失政を糾弾している。
それは痛快人生のフォーサイスにとってたった一つの無念であると共に、二度とその愚行を繰り返して欲しくないという心からの叫びでもあるのだろう。
フォーサイスは、小説というエンターテインメントを通じて、国際政治の問題を的確に指摘し、多くの読者に、世界の動向に関心を寄せることを訴え続けてきた。当人に尋ねたら肩をすくめられるだろうが、彼ほどエンターテインメントの力を信じた作家も少ない。
揺るぎない信念と、正義感を併せ持った上で、国際政治の未来を冷静に読み解いた稀有な大作家の自伝は、そのまま戦後七十年余りの先進国の愚行の軌跡を辿る必読の書となった。
人生は冒険だ。何でも見て聞いて、そして考えよ——。フォーサイスは、死ぬまで転がり続ける石であり続けるのだろう。