有栖川有栖「火村英生シリーズ」待望の長編――悪夢に囚われた事件の真相を狩人が射貫く

レビュー

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狩人の悪夢 = Nightmare of a hunter

『狩人の悪夢 = Nightmare of a hunter』

著者
有栖川, 有栖, 1959-
出版社
KADOKAWA
ISBN
9784041038857
価格
1,760円(税込)

書籍情報:openBD

悪夢に囚われた事件の真相を狩人が射貫く

[レビュアー] 川出正樹(書評家)

 臨床犯罪学者にして名探偵の火村英生と助手を務めるアリスことミステリ作家・有栖川有栖のコンビが『46番目の密室』でデビューして、今年で二十五周年。その節目となる年に、奇しくも切りよく刊行される十番目の長篇『狩人の悪夢』は、シリーズの新たな里程標として自信を持ってお薦めできる逸品です。というのも、二つの異なる貌を併せ持つ作家・有栖川有栖の特性を十二分に堪能できる作品だからです。そう、緻密な論理展開による隙のない謎解きを得意とする本格ミステリ作家としての貌と、幻想的な〈夜の一幕劇〉を紡ぎ出す物語作家としての貌を。

 揺るぎないロジックを用いて丁寧に組み上げられた本格ミステリという創造物が、美しくも切なく、愉しくも妖しい夜の闇と出合う時、有栖川の描く物語は、一段と輝きを放ちます。旅先での夜に遭遇した不思議な出来事四篇からなる『暗い宿』然り、現実世界に礎を置きながらも天辺が幻想世界へと突き抜けてしまったかのような〈夜の館〉を舞台にした短篇集『絶叫城殺人事件』然り、そして、アリスが小説を書くきっかけとなった高校時代の凄烈な体験を深夜に回想するシーンが深く心に響く『ダリの繭』然り。

 そんな有栖川が、今回重要なモチーフとして選択したのが〈悪夢〉です。これまでにも《火村》シリーズの登場キャラクターを総動員して夏目漱石の『夢十夜』のミステリ版を目論んだ「ミステリ夢十夜」やノン・シリーズの「夢物語」など、たびたび夢を題材とした異色短篇を書いてきた有栖川有栖。その彼が、初めて長篇で夢、それも〈悪夢〉を中心に据えた『狩人の悪夢』は、廃墟と化したスタジアム内に広がる森の中で、深夜、狩人が獲物を追うという幻想的なシーンで幕を開けます。

 この断章から一転、物語は、アリスが出版社の企画で人気ホラー作家・白布施正都と対談し、泊まると必ず悪夢を見る部屋がある彼の自宅に招待される場面へと移ります。その十日後、白布施の担当編集者・江沢鳩子とともに京都府亀岡市の山中に立つ〈夢守荘〉を訪れたアリス。〈悪夢の寝室〉での一夜を過ごした彼を、翌朝、現実の悪夢が待ち受けていました。二年前に亡くなった白布施のアシスタント渡瀬信也が住んでいた〈獏ハウス〉で、女性の死体が発見されたのです。喉を矢が貫き、右手首が切断され持ち去られた無惨な死体が。

 自分や他人が見た悪夢をベースに描いたアクション・ホラー《ナイトメア・ライジング》シリーズでベストセラー作家となった白布施、生まれてこの方悪夢しか見たことがない渡瀬、人を殺し両手が血まみれになる悪夢にうなされ、悲鳴とともに目覚めることを繰り返す火村。悪夢を糧とする者の周りで起きた「夢みたいに混沌としていて、無茶苦茶に散らかっている」事件の謎を、悪夢に苛まれる名探偵が解き明かします。たった一つの〝ある事実〟を拠り所に犯人の臭跡を追い、仮説を検証して犯行可能な人物を絞り込み、論理の矢で射貫く火村。その姿は、他人の悪夢にダイブし、人間を操ろうとする異世界の住人〈ヨル〉を狩る《ナイライ》シリーズの孤高の主人公と重なります。ただし火村は一人ではありません。言わずと知れた大学時代からの友人であるアリスがいるからです。これまで助手もどきしか務まっていないと忸怩たる思いを抱いてきたアリスですが、前作『鍵の掛かった男』で、孤独な男の生きてきた軌跡と死の真相を、ほぼ単独で調べ上げたように、火村の犯罪者を相手にしたフィールドワークにおけるアリスの果たす役割が、このところ増してきています。今回、同業者である小説家の自宅に招待されている時に死体に遭遇するという点で、第一作『46番目の密室』と呼応しますが、その貢献度は遥かに大きく、初登場作以来、二人の活躍譚を楽しんできた身としては、なんだか感慨深いものがあります。

 シリーズ屈指の緊迫感と長さを兼ね備えた犯人との対決シーンと、謎を解いた後になお澱となって残る生者と死者の人生という二つの読み所を見事に融合させた有栖川有栖の新たな里程標となる本書を、ぜひ手に取ってみて下さい。

KADOKAWA 本の旅人
2017年2月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

KADOKAWA

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