『ラップは何を映しているのか』トランプ当選に見る黒人音楽の今

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ラップは何を映しているのか

『ラップは何を映しているのか』

著者
大和田俊之 [著]/磯部涼 [著]/吉田雅史 [著]
出版社
毎日新聞出版
ISBN
9784620324418
発売日
2017/03/27
価格
1,320円(税込)

黒人音楽を通して見えてくる アメリカの真の現状

[レビュアー] 栗原裕一郎(文芸評論家)

 米大統領選の結果は、トランプ打倒を訴えていたショービズ界のセレブたちに強い衝撃と失望を与えた。

 トランプ当選以前からアメリカでは、白人警官による黒人少年の射殺事件に端を発する抗議運動「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」が社会現象化しており、BLMの理念を歌う黒人音楽家も増えていた。

 なかでもラッパー、ケンドリック・ラマーの「Alright」はBLMのアンセムとして名高く、トランプに抵抗を示すために合唱される曲にもなっていた。ラマーの音楽性と精神性の高さを、白人の音楽評論家らもこぞって称賛していた。

 だが問題はむしろこの“白人が好んでラマーを称賛する状況”にこそあったんじゃないか。大和田俊之はそう指摘する。「マイノリティとリベラルな白人が結託して作り出す適度に心地よいぬるま湯的な共同体が結局はトランプ的なるものに敗北してしまった」のだと。この事態は同時に、マイノリティの共同体というものを見直すことを余儀なくする。

 一口に「黒人音楽」と言うが内実は一枚岩ではない。選挙後の分析で、マイノリティであるはずのアフリカ系やヒスパニック系が思いのほかトランプに流れていたことがわかった。黒人音楽の歴史はヒスパニックも含み込んで書き換えられつつある。BLMを批判し脱政治化する黒人ラッパーも登場した。女性嫌悪的だったラップがLGBTへの理解の広がりで性格を変え始めてもいる。ポスト・トゥルース的状況が直截なプロテストに無効を突き付けたことも大きい。

 トランプの当選は、黒人音楽がそんな分裂した現状にあることを露呈させたのだ。話は日本のラップにも及ぶ。鎖国状態にある邦楽において、ひとりラップだけが「アメリカの影」と相見えている音楽だからだ。

 飛び交う固有名詞に臆せず大きな流れを読み取りたい。ラップという現在に囚われた音楽がいま何を映しているか、きっと見えるはずである。

新潮社 週刊新潮
2017年4月27日号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

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