複雑な味の、美味しい小説〈柚木麻子『BUTTER』刊行記念インタビュー〉

インタビュー

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク

BUTTER

『BUTTER』

著者
柚木 麻子 [著]
出版社
新潮社
ジャンル
文学/日本文学、小説・物語
ISBN
9784103355328
発売日
2017/04/21
価格
1,760円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

複雑な味の、美味しい小説〈柚木麻子『BUTTER』刊行記念インタビュー〉

――柚木さんご自身も、そうやって適量を見つけられたんですね。

 ただ当たり前ですけど、今の私の適量が全員に当てはまるとは限りません。月二〇〇枚書かれながら、よい作品を生み出し続けている方もいらっしゃいますし。

 作中で里佳は10㎏太りますが、「太っていてもいいじゃん」ということが言いたいわけではないんです。お洋服が好きな女性だったら、40㎏台とかが適量かもしれない。でも、里佳はファッションにそこまで興味がないし、仕事が忙しくて体力勝負なところもあるから、健康的な体型の方が合っているというだけのこと。お料理も一緒で、里佳は段々と料理をつくるようになりますが、それは彼女にとって必要なことだったからです。「やっぱり自炊しない人はダメだ」とかはまったく思っていません。

――出てくるお料理はどれも美味しそうです。

 物語に登場する料理は、一通り自分でも作っています。最後に七面鳥を丸焼きにするシーンがありますが、料理の経験値も何もない、とにかく一回焼いてみないことには何もつかめない、というのが実感としてあります。本当になにごともそうですよね。私も知り合いからレシピをもらったんですけど、その通りにやってもなかなかうまくいかないんですよ。火力も違うし、オーブンの種類も違う。好みや、食材の好き嫌いも違う。だから、オリジナルのレシピを自分で生み出すしかない。オリジナルをつくることを怖がらなくていい、というのが一番言いたいことかもしれません。

 このお話の決着を考えたときに、主人公である里佳が成功することでも、何かを打ち倒すことでもなくて、オリジナルレシピをつくれるようになることこそが、一番のハッピーエンドなんじゃないかと気づいたんです。今後はきっと里佳の仕事のやり方も、そうなっていくんだと思います。オリジナルの立ち位置を、自分でつくっていくはず。

――最後は里佳の柔軟さに、救われた気持ちがしました。

 この国で一番偉いとされるのは「辛いこと」です。だから辛い人が辛くない道を探ることは我慢が足りないと糾弾されるし、本人も自分に禁じてしまう。「この状況で頑張らなきゃいけない、逃げ出してはダメだ」って自分を縛ってしまうところがあると思います。でも、それはその人の真面目さゆえで、責められないんですよね。だからせめて物語の中では、どうにかその解決策を見つけたい。

 たとえば、セルフネグレクトをする男の人っているじゃないですか。配偶者に出ていかれた男性が、「一人じゃご飯の炊き方もわからない」とか「こんなに寂しいとは思わなかった」とか発言したりして、「かわいそうだ」という同情の目が寄せられたりする。それによって相手の女性側が、どれだけ世間から糾弾されるか。そう思うと、ご飯の炊き方もわからないって、えっ、炊飯器のボタンを押すだけなのにわからないの? だったらスマホで検索すれば? と思ってしまいます。

 ただ、そういう辛い思いをしている人たちを責めるつもりはないんです。自分の執着が原因で容疑者に追いつめられ、でもなんとかその状況を乗り越える里佳と、セルフネグレクトに陥ってしまう男性たちとの差は、たぶんほとんどないと思います。だけど何か少し違いがあるとしたら、切羽詰まったときに誰かに電話をかけたかどうか、自分でおかずをつくってタッパーに詰めたかどうか、あるいは、冷蔵庫を自分で開けたかどうか、という程度のことなんじゃないかな。

――ほんのちょっとの自分を慈しむ心が大事なんですね。今後、書いてみたいお話はありますか?

 いい人とも悪い人ともいいきれない、あらゆる要素を含んだ女性の大冒険を書きたいです。例えば大ヒット作「半沢直樹」って、見方によっては悪人じゃないですか。配偶者や同僚にはとても優しくていい人だけれど、敵には容赦なくて、相手を陥れるためだったらなんでもやる人。日本中があのドラマを見てスカッとしたけれど、仮にあの主人公が女性で、配偶者や友達の前ではニコニコしているけど敵には「目の前で土下座しろ」って言ってたら、スカッとするどころか「とんでもない女だ」ってなる気がする。

 女性主人公の復讐ものって、なぜか単調になりがちです。恋人か家族を殺された、あるいはレイプされたというような壮絶な過去があって、毎日復讐のことだけを考えて暮らしている、美しく哀しき女。家はいつも薄暗くて、ターゲットの写真がばーって貼ってあったりするような。そうじゃなくて、愛情たっぷりの家庭があり、同僚にも恵まれ、毎日をエンジョイしているリア充だけど、その同じ人の中にわけのわからないモノも棲んでいる、っていうお話を書いてみたいです。

――とても面白そう! 多面的な物語は今作ともどこか通じるところがありそうで、ぜひ読んでみたいです。

 美味しいお料理って、ちょっと苦みや渋みも効いていたりして、複雑な味がします。それと同じで、すべてを割り切れなくてもいいのかなって。料理も小説も、そういう部分があったほうが美味しくなると思っています。

新潮社 波
2017年5月号 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

新潮社

  • シェア
  • ポスト
  • ブックマーク