『東京クルージング』
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<東北の本棚>出会いと別れ生む悲哀
[レビュアー] 河北新報
年配の男性作家とテレビ局の若手ディレクターの友情を軸に、哀切な人間模様を描いた。人生の酸いも甘いもかみ分けた著者が、人の出会いと別れが織り成す物語の中で、人生の肝心とは何かをこなれた筆致でつづっている。
ある局に勤めるディレクター三阪剛は、米大リーグで活躍する日本人選手のドキュメンタリー番組の制作を企画する。制作に際して、選手と懇意にしている作家に協力を依頼したところ、2人は不思議な縁に導かれるように、年の差を超えて意気投合する。2人が構想を練った番組は大きな反響を呼び、当の選手からも喜ばれた。
これをきっかけに三阪と作家は強い絆で結ばれ、親交を深めていく。そして、三阪は愛し合いながらも突然姿を消した恋人への秘めた思いを作家に打ち明ける。しかし、間もなく、三阪は病魔にむしばまれて亡くなる。作家は姿を消した三阪の恋人の行方を捜し始める。その過程で三阪の恋人の壮絶な人生が浮き彫りになってくる。
三阪と彼に惹(ひ)かれた作家、運命に翻弄(ほんろう)される三阪の恋人…。互いに思いやりながらも、別れざるを得ない人生の理不尽さが深く書き込まれ、読み応えがある。「試練はさらに生きよという啓示」。この一文の意味合いが心に染みてくる作品だ。
本書では、世界的なチェロ奏者パブロ・カザルス(1876~1973年)が奏でるスペインのカタルーニャ民謡「鳥の歌」が、人の思いをつなぐ曲として効果的に取り上げられ、味わい深い。
著者は1950年山口県防府市生まれ。仙台市泉区在住。92年に「受け月」で直木賞、94年に「機関車先生」で柴田錬三郎賞、2002年に「ごろごろ」で吉川英治文学賞を受賞。16年に紫綬褒章を受章している。
KADOKAWA(0570)002301=1728円。