『穢れの町』
- 著者
- Carey, Edward, 1970- /古屋, 美登里, 1956-
- 出版社
- 東京創元社
- ISBN
- 9784488010683
- 価格
- 3,080円(税込)
書籍情報:openBD
残酷な現実を前にして 運命と闘う姿に深く感動
[レビュアー] 杉江松恋(書評家)
力を持つ者は弱き人々をモノのように扱おうとする。
しかし、どんな人にも魂がある。
そんな当たり前のことに改めて思いを馳せた読書体験であった。エドワード・ケアリー『穢(けが)れの町』だ。
月桂樹の館という建物で暮らす、ジェームズ少年の語りで幕は上がる。館の外にあるのは恐ろしい〈穢れの町〉だと彼は聞かされていた。ある日、ジェームズは禁を破って館を脱出する。そして、決して手放してはいけないと厳命されていた十シリング金貨で食べ物を買ってしまうのだ。その瞬間、世界の崩壊が始まる。
本書は二〇〇〇年に『望楼館追想』(文春文庫)で衝撃のデビューを飾ったケアリーが十年の沈黙を破って発表した〈アイアマンガー三部作〉の第二部となる長篇だ。昨年邦訳されて話題となった前作『堆塵館(たいじんかん)』(東京創元社)は、ごみの売却で巨万の財を成したアイアマンガー一族を主人公とする物語だった。同書の中心にあるのは、十五歳のクロッド・アイアマンガーが館にやって来た新米メイドのルーシーにショベルで頭をぶん殴られることから話が動き出すボーイ・ミーツ・ガール・ストーリーだ。もちろん二人の関係は『穢れの町』においても欠くべからざる構成要素となっている。
アイアマンガーの一族には〈誕生の品〉と呼ばれるガラクタを絶えず身につけておかなければならないという規則があるのだが、前作で明かされた理由は意外極まるものだった。本書では、支配者であるアイアマンガー一族と虐げられた〈穢れの町〉の住民たちとの対立構造が、ジェームズの手放した十シリング金貨を巡るやりとりから浮かび上がってくる。
前作の核を成したのは、クロッドがガラクタに秘められた意味を発見するという謎解きだった。それに対し『穢れの町』は、アイアマンガー一族が他の人々をガラクタのように扱うのはなぜか、という疑問符から始まる物語である。そこから生じた矛盾の中に若き主人公たちは巻き込まれてしまう。残酷な現実をつきつけられた二人が諦めずに運命と闘おうとする姿に、深い感動を覚えた。
三部作の中間にあたる作品だが、ここから読み始めたとしても問題はない。いや、『堆塵館』をすでに読んでいた人は本書の後で間違いなく前作に戻りたくなるだろう。何度でも再読に堪える内容であり、一生付き合える小説と出会ったと感じる人もいるはずだ。予告によれば最終作は今年中に刊行されるらしい。それまでにぜひお読みいただきたい。